大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和63年(ワ)114号 判決 1998年6月23日

原告

伊藤寿太郎

右訴訟代理人弁護士

菅谷英夫

被告

千葉県

右代表者知事

沼田武

右訴訟代理人弁護士

石川泰三

右訴訟復代理人弁護士

佐々木文

右訴訟代理人弁護士

岡田暢雄

右訴訟復代理人弁護士

山本正

右訴訟代理人弁護士

秋葉信幸

今西一男

三宅幹子

滝田裕

右指定代理人

桜井隆

外一四名

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右訴訟代理人弁護士

二井矢敏朗

右指定代理人

吉野聰

外八名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二八〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告らのそれぞれ負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一億六〇〇〇万円及び昭和六三年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告千葉県)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

(被告国)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和三四年八月ころから、銚子丸海水産加工業協同組合(以下「本件組合」又は単に「組合」という。)に事務員として勤務し、昭和三七年三月から、本件組合の員外理事となり、昭和四四年八月に退職するまで主として会計事務の担当責任者であった。

(二) 本件組合は、昭和二四年に設立されたが、まもなく休眠状態となり、昭和三四年七月ころ、被告千葉県漁政課の指導により活動を再開するまで約一〇年間、活動を停止していた。本件組合は、活動再開後、共同販売の形式による組合員個人の商品(海産物、塩干類)出荷の取次等を主たる事業とし、取次による手数料を収入源としていた。

2  本件刑事事件の発生とその経緯

(一) 千葉県漁政課の職員は、昭和四四年九月五日、本件組合に対し、水産業協同組合法一二三条に基づく検査を実施し(以下「本件検査」という。)、原告が三千数百万円を横領したと断定し、その旨外部に発表した。右発表は、直ちに報道機関の知るところとなり、原告は、横領犯人として、新聞、ラジオ等において大々的に報道された。

(二) 被告千葉県銚子警察署所属の警察官は、本件組合からの告訴を受け、昭和四四年一二月半ばから、在宅のまま、原告が業務上本件組合の金員三千数百万円を横領したとする被疑事実について捜査を行い、千葉地方検察庁八日市場支部に事件を送致した(以下、この業務上横領被疑事件及び同被告事件を「本件刑事事件」という。)。

(三) 千葉地方検察庁八日市場支部検察官は、昭和四七年三月二二日、千葉地方裁判所八日市場支部に対し、本件刑事事件について公訴を提起した(同支部昭和四七年(わ)第三〇号事件)。

(四) 同支部の裁判官は、昭和五〇年七月二〇日、本件刑事事件につき、原告に対し、懲役二年に処する旨の判決を言い渡した。

(五) 原告が、右判決に対し控訴したところ、東京高等裁判所は、昭和五一年一一月一五日、原判決には多くの疑問点があり、原告の無罪を推測せしめるに足りる多くの証拠があるので、原審においてさらに審理を尽くすのが相当であるとして、原判決を破棄し、本件刑事事件を千葉地方裁判所八日市場支部に差し戻す旨の判決を言い渡した。

(六) 千葉地方裁判所八日市場支部は、本件刑事事件につき、再び審理を行い(同支部昭和五二年(わ)第二四号事件)、昭和六〇年三月三〇日、原告に対し、無罪の判決を言い渡した。

3  被告千葉県の責任(漁政課職員の検査の違法性)

被告千葉県の職員である漁政課の職員は、本件検査の実施過程において、以下に述べるように、原告に対し、故意又は過失による違法な公権力の行使を行ったのであるから、被告千葉県は、国家賠償法一条一項に基づき、右行為により原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

また、仮に、本件検査が国の機関委任事務としてなされたものであったとしても、被告千葉県は、その事務の遂行に当たる千葉県知事及びその補助機関ないし補助者たる漁政課の職員の給料を支払い、また、右事務の遂行のために所要の経費を負担していたのであるから、国家賠償法三条一項の費用負担者として、同条項に基づき、右行為により原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

(一) 本件検査自体の違法性

(1) 水産業協同組合法に基づく検査は、組合の健全な育成を図るため、組合の業務会計の内容について検査を行うものである。ところが、本件検査においては、次のとおり、右の趣旨を超えて個人の犯罪的行為を明らかにすべく、被告千葉県職員と本件組合幹部が画策の上、原告の横領額を確定するためになされた。仮に、犯罪的行為を明らかにするような検査が許されるとしても、検査の対象となる者の名誉、信用を侵害しないよう十分配慮し、適正な手続により行うべきであることは、憲法三一条の趣旨に照らしても当然のことである。

(2) 本件組合の理事長大崎昭一(以下「大崎」という。)及び会計理事木樽定雄(以下「木樽」という。)は、本件組合の資金不足の責任を原告に押し付けようと考え、さらに、大崎は、原告に対する本件組合及び個人の借入金を踏み倒そうと画策し、原告が本件組合から貸付金の返済を受けていた点を捉え、原告が本件組合の金を横領したとし、千葉県漁政課に連絡をした。

(3) 原告は、被告千葉県漁政課職員に対し、後記(4)のとおり、原告と本件組合との間には金銭の貸借関係があり、横領金といわれている金員は、本件組合から原告に対する債務の弁済であって、この事情を熟知している当時の常陽銀行銚子支店行員師岡宏光(以下「師岡」という。)から事情を聴取してほしい旨、また、本件組合の売上帳、預金元帳、個人売上台帳及び振替伝票を調査してほしい旨要求した。ところが、本件検査は、次のとおり、原告の弁解に耳を貸すこともなく、乏しい資料、利害関係者の一方のみからの事情聴取に基づいて行われ、二日間という極めて短期間で結論を出したものであり、原告の権利を侵害するような不公正かつ強制的な方法により行われた。すなわち、被告千葉県の漁政課職員は、本件組合振出の小切手の耳と組合員個人の普通預金通帳の照らし合せにより資金の流れを調べ、検査員の一人が小切手の耳の記載を読み上げ、居合わせた本件組合員らに対し「どこかに入っていますか。」と問いかけ、組合員らが「入っていません。」と答えると、「では伊藤の使い込み分…」と決めつけるという方法によって、原告が本件組合資金を流用したと認定した。右のような方法では、本件組合資金の流用であるのか貸金の返済であるのかを区別することは困難であるので、原告は、「このような検査に立ち合うことはできない。」と抗議したが、本件組合事務所には、血相を変えた多くの組合員らが詰めかけており、検査員が「分からないのは伊藤さんの横領にするんだからいいですよ。」と述べるなど、原告の弁解が受け入れられる状況にはなかった。そして、原告は、検査終了後、被告千葉県の漁政課職員及び組合員らの見守る中、原告が本件組合資金を多額に横領した旨の内容の確認書に署名押印を迫られ、拒否、退出ができないような雰囲気の中で強制的に確認書を作成させられた。

(4) 原告の本件組合に対する貸付

昭和三七年ころの本件組合の自己資金は、出資金二四万円、増資出資金一〇三万円、公的な補助金八〇万円の合計二〇七万円に過ぎなかった。本件組合の収入は、本件組合が組合員の出荷を取り次いだ際の手数料収入が主たるものであったが、右手数料は、売上代金に対し、昭和三七年までは0.5パーセント、昭和四一年までは0.7パーセント、それ以降は一パーセントにすぎず、しかも一人当たりの年間所得手数料が、昭和三七年までは三万円、昭和四一年までは四万円、それ以降は五万円までに制限されていた。また、本件組合においては、いわゆる七分金制度と称する、組合員が出荷するときに本件組合がその売上金の七割を仮払いする制度が採用されており、後日出荷先から代金が支払われたときに返還を受けるまでの利息分は本件組合の負担となっていた。本件組合は、このように窮迫した財政状況にあったにもかかわらず、昭和三七年ころ、組合員の出荷品の保管及び冷凍魚加工の便宜に供するため、約一九〇〇万円の費用をかけて冷蔵庫を設置することを計画した。本件組合は、右設置費用のうち、一〇四〇万円を政府資金から、八〇万円を県及び市の補助金から調達することができたが、残余の八〇〇万円のうち、増資により充当できたのは約一〇〇万円にすぎず、その余の資金は、金融機関からの借入金や組合員からの預り金によりまかなうことになった。他方、右冷蔵庫に対する組合員の使用料は極めて低廉であった。

以上のように、本件組合の経理は、収入と支出との均衡が崩れていたため、毎年大幅な赤字を累積し、非常に苦しい状態にあったことから、振り出した小切手の決済資金にも窮するようになり、原告又は他の組合幹部から融資を受けるなどして急場を切り抜ける状態であった。そのため、原告は、本件組合の役員会や組合員総会を通じて、組合員に対し、組合資本の充実、手数料の引き上げなどを要請したが、組合員個人の負担増加となるため、容易には協力が得られなかった。また、本件組合においては、経理を担当する職員に時間的余裕が与えられておらず、人材も十分でなかったため、帳簿処理は万全ではなかった。

そこで、原告は、昭和四二年二月から昭和四四年八月までの間、本件組合に対し、別表記載のとおり、本件組合の小切手決済資金に充てるため、合計一億二三七〇万三四三〇円を貸し付けた。これに対し、本件組合は、別表記載のとおり、九二〇四万六〇〇〇円を返済したので、当時、原告は、本件組合に対し、三一六五万七四三〇円の貸付金債権を有していた。

(5) 被告千葉県の漁政課は、右のような不十分な検査であるにもかかわらず、原告を横領犯人と決めつけ、横領額等の検査結果を組合幹部、組合員一五名、県職員五名の前で発表したが、この行為によって、原告は、名誉及び信用を侵害された。すなわち、右のような多数の関係者のいる前で発表することは、外部に公表したのと同じことであり、それにより、本件検査の結果原告が横領を認めた旨の記事が新聞に掲載され、原告の名誉及び信用が著しく侵害された。

(二) 大崎らによる原告所有財産の不法処分への関与

原告は、昭和四四年八月二日ころ、本件組合振出の小切手が不渡りとなりそうになった際、大崎及び木樽からの依頼を受け、一次的な資金調達の担保のため、原告所有の各不動産(以下「本件各不動産」という。)の権利証並びに実印を大崎らに預けた。その後、原告が再三にわたり禁止したにもかかわらず、大崎及び木樽は、本件各不動産につき、本件組合に対し、譲渡担保を原因とする所有権移転登記をなし、その後第三者に対する所有権移転登記が経由された。右のような大崎らによる原告所有の本件各不動産の売却は、右不動産を早く処分しないと組合の負担が重くなるので、早急に処分するようにとの被告千葉県漁政課職員による指導に従って行われた。このように、被告千葉県漁政課職員は、大崎らによる原告所有財産の不法な処分を教唆ないし幇助したものである。

4  被告千葉県の責任(警察官の捜査行為の違法性)

被告千葉県の職員である銚子警察署警察官らは、前記のとおり、本件刑事事件の捜査を行ったが、その遂行過程において、次のとおり、原告に対し、故意又は過失による違法な公権力の行使を行ったのであるから、被告千葉県は、国家賠償法一条一項に基づき、右行為により原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

(一) 裏付捜査の不十分性

原告は、昭和四四年一二月半ばころから、本件刑事事件に関し、銚子警察署において取調べを受けた。原告の取調べを担当した香取信好警察官(旧姓福島。以下「香取警察官」という。)は、原告に対し、本件組合から告訴状が提出されており、それによると昭和四二年四月一日から昭和四四年八月二日までの間、原告が組合の資金を三〇〇〇万円以上横領したとされていると説明した。原告は、香取警察官に対し、告訴状の内容は事実無根であり、原告が本件組合に貸与した金員につき返済を受けただけである旨弁解し、原告と本件組合との間に貸借関係が生じた原因を説明し、原告や本件組合の銀行元帳、本件組合の帳簿、伝票類を調査すれば右弁解が裏付けられると申し述べた。

本件のような事案では、本件組合の資金が原告に流れたとしても、それが本件組合資金の流用行為なのか、それとも原告の弁解にあるように貸金の返済を受けたに過ぎない行為なのかについて慎重に捜査をする必要があるにもかかわらず、香取警察官は、次のとおり、不十分な裏付捜査しかしなかった。

(1) 犯罪の動機の解明のためには、原告の資産、収入、信用状況の把握、また、本件組合の経営実態、資金的逼迫状況等の捜査が必要であるにもかかわらず、その点についての捜査をしなかった。

(2) 原告は、当時、アパート、モーテル等の経営により、相当の収入があり、その収入は現金で得ていた。したがって、原告から本件組合に対する貸付も現金でなされていたが、その資金の流れの捜査が不十分であった。

(3) 本件組合の銀行預金元帳においては、「伊藤から借り」、「伊藤に返済」等の記載がなされているのであるから、その真否を確認するため、担当銀行員師岡からの事情聴取が必要であり、また、原告と本件組合との間の金銭消費貸借に関する契約書等の関係書類が存在しない合理的理由も同人から事情聴取すれば判明したにもかかわらず、その点についての捜査をしなかった。

(4) 原告からの本件組合、本件組合から原告のそれぞれに対する資金の流れの時間的前後関係の捜査をしなかった。

(5) 原告が本件検査の際に作成した確認書と捜査の際に作成された供述調書との間には金額等の点で大幅な食い違いがあったにもかかわらず、その点についての捜査をしなかった。

(二) 自白の誘導等

香取警察官は、右のような不十分な捜査に基づき、原告の法律的な無知につけ込み、「本件組合の借用証書か総会の議事録がなければ貸借と認めることはできない。本件組合の金が原告個人に流れたということは、理由のいかんを問わず横領罪になる。」などと述べて原告を錯誤に陥れ、かつ、「そんな訳の分からないことを言っていると執行猶予になるはずのものが実刑になる。」等と脅し、自白調書の作成を強要した。

5  被告国の責任(検察官の行為の違法性)

千葉地方検察庁八日市場支部田村實検察官(以下「田村検察官」という。)は、本件刑事事件の公訴提起及び追行過程において、以下に述べるように、原告に対し、故意又は過失による違法な公権力を行使したのであるから、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、右行為により原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

すなわち、警察官から事件の送致を受けた田村検察官は、法律の専門家としての見地から、警察官の捜査の適否について判断し、その足りないところを補充し、誤りを補正すべきであり、犯罪を犯したとするに十分な理由がないことが明確であるにもかかわらず行われた公訴提起、追行行為は違法であるというべきである。

本件では、警察から送致された一件記録には、前記4(一)のとおり、疑問点及び不十分な点があった。このように、捜査が不十分であり、疑問点が多く存在する場合は、検察官としては、原告が本件組合の資金を横領したか、あるいは、原告の弁解にあるように、貸付金の返済を受けたものであるかを司法警察員に指示を与えて捜査すべき義務があるというべきである。ところが、田村検察官は、本件事案の性質上、当然行うべき右のような補充捜査を何ら行わず、警察の捜査の不十分性を見過ごし、本件刑事事件について、証拠上合理的な疑いが顕著に存在するにもかかわらず、公訴を提起し、維持したものである。

(一) 公訴提起の違法性

(1) 原告が主張する前記3(一)(4)の貸付金の存在という合理的弁解に対し、何ら耳を貸さなかった。

(2) 本件組合や銀行の帳簿の調査をせず、師岡から事情聴取をしなかった。

(3) 大崎及び木樽を不起訴処分としながら、他方、形態としては同一の原告のみを起訴処分とした。

(二) 公訴維持の違法性

(1) 本件捜査について証拠上合理的疑いが顕著に存在するにもかかわらず、公訴を維持した。

(2) 弁護人が申請した師岡証人の重大性を看過し、その取調べの必要性がないと反対し、裁判所が証拠決定した後も、右証人の取調べ期日に立ち会わないなど、公益の代表者として真実発見の義務にも違反した。

(3) 本件刑事事件の公判中、原告の主張に合致する民事事件(所有権移転登記等抹消登記手続請求事件)の判決が言い渡されたにもかかわらず、それを何ら考慮しなかった。

6  被告国の責任(差戻前一審の裁判官の行為の違法性)

千葉地方裁判所八日市場支部亀下喜太郎裁判官(以下「亀下裁判官」という。)は、次のとおり、原告に対し、故意又は過失による違法な公権力を行使したのであるから、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、右行為により原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

すなわち、本件刑事事件における原告の主張及び訴訟記録を見れば、全体について、原告の主張が合理的であり、犯罪を犯したと認めるに足りる十分な理由がないのであるから、疑わしきは被告人の利益にという原則からすれば、当然無罪の判決をすべきである。しかしながら、亀下裁判官は、証拠関係を十分に吟味しなかっただけでなく、原告の弁解や弁護人の主張に何ら耳を貸さず、法律上の主張について特に判断を示すことなく、予断と偏見をもって訴訟指揮を行い、有罪判決を下した。

7  損害

(一) 弁護士費用相当額

合計三一五〇万円

(1) 刑事事件の弁護士費用

被告らの前記各行為により、原告は、何らの根拠もなく横領犯人と決めつけられた。原告が最終的に無罪判決を得るまで次の各刑事裁判を経なければならず、そこにおいて要した弁護士費用は、被告らの前記各行為と相当因果関係を有する損害に当たるというべきである。

① 千葉地方裁判所八日市場支部昭和四七年(わ)第三〇号業務上横領被告事件(懲役二年の実刑)一五〇万円

② 東京高等裁判所昭和五〇年(う)第七一三号業務上横領控訴事件(破棄差戻し) 一五〇万円

③ 千葉地方裁判所八日市場支部昭和五二年(わ)第二四号業務上横領被告事件(無罪) 三〇〇万円

(2) 民事事件の弁護士費用

前記3(二)記載のとおり、原告の本件各不動産は、大崎らによって処分されたが、原告は、その回復のために民事訴訟の手続を取らざるを得ず、その弁護士費用として以下の金額を要した。

① 水戸地方裁判所麻生支部昭和四五年(ワ)第二一号所有権移転登記等抹消登記手続請求事件(全部勝訴)

六五〇万円

② 東京高等裁判所昭和四七年(ネ)年第一五四四号所有権移転登記等抹消登記手続請求控訴事件(和解により解決) 三〇〇万円

③ 千葉地方裁判所八日市場支部昭和五二年(ワ)第一八号所有権移転登記等抹消登記手続、貸金等各請求事件(和解により取下げ) 一〇〇万円

(3) 本件の弁護士費用一五〇〇万円

(二) 逸失利益一億五四五〇万円

原告は、本件各不動産を使用して下宿、モーテル、貸別荘業等を営んでおり、当時毎月七五万円の収益を上げていたところ、前記3(二)記載のとおり、本件各不動産が処分されたことにより、右収入を得ることができなくなった。したがって、本件各不動産を大崎らが処分した昭和四四年八月から原告が回復することができた昭和六一年九月まで合計二〇六月間の得べかしり利益一億五四五〇万円は、被告らの前記行為と相当因果関係を有する損害というべきである。

(三) 原告が本件組合との和解により放棄した貸付金 三二〇〇万円

原告は、本件各不動産を回復する手続において、本件組合に対する貸付金三二〇〇万円を和解手続の中で放棄させられた。これは、被告らの違法行為によって生じたものである。

(四) 慰謝料 七〇〇万円

原告は、前科、前歴もなく、善良な一市民として暮らしていたところ、被告千葉県漁政課の不合理極まる本件検査から始まった一連の手続において、本件各不動産を処分されただけでなく、刑事事件の被疑者として連日のように取調べを受け、約一五年にもわたる間、被疑者ないし被告人の地位に置かれて最低の生活を送ることを余儀なくされた。このような原告の労苦に対する慰謝料としては、金七〇〇万円が相当である。

(五) 本件は、本件組合幹部の言葉を盲信した被告千葉県漁政課職員の本件検査に端を発し、各被告らの行為が客観的に共同し、積み重なったものであり、それによって原告に対し前記損害を与えたものであるから、被告らは、原告に対して、共同不法行為の責任を負うべきである。

8  よって、原告は、被告らに対し、国家賠償法一条一項又は三条一項に基づき、各自原告に生じた損害合計二億二五〇〇万円のうち、一億六〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

(被告千葉県)

1(一) 請求原因1(一)の事実のうち、原告が本件刑事事件発覚当時本件組合の員外理事の地位にあり、主として会計事務を担当していたことは認め、その余の事実は知らない。

(二) 同1(二)の事実のうち、本件組合が昭和二四年に設立されたことは認め、その余の事実は知らない。

2(一) 請求原因2(一)の事実のうち、被告千葉県漁政課の職員が昭和四四年九月五日本件組合に対して水産業協同組合法一二三条に基づいて検査を実施したことは認め、原告が三千数百万円を横領したと断定し、その旨外部に公表したことは否認し、その余の事実は知らない。

(二) 同2(二)の事実のうち、千葉県銚子警察署所属の警察官が本件組合からの告訴を受け、原告の業務上横領被疑事実について捜査を行い、千葉地方検察庁八日市場支部に右事件を送付したことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同2(三)の事実は認める。

(四) 同2(四)の事実は認める。

(五) 同2(五)のうち、東京高等裁判所が昭和五一年一一月一五日原判決を破棄し、本件刑事事件を千葉地方裁判所八日市場支部に差し戻す旨の判決を言い渡したことは認め、その余の事実は知らない。

(六) 同2(六)の事実は認める。

3 請求原因3の冒頭部分の事実のうち、本件検査が国の機関委任事務として行われたこと、被告千葉県が本件検査を行った職員の給与を支払ったこと、被告千葉県が国家賠償法三条一項の費用負担者であることは認め、その主張は争う。

(一)(1) 同3(一)(1)の事実のうち、水産業協同組合法に基づく検査が組合の健全な育成を図るため組合の業務会計の内容について検査を行うものであることは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同3(一)(2)の事実のうち、本件組合役員から千葉県漁政課に対して本件組合の会計に不正行為の疑いがある旨の連絡があったことは認め、その余の事実は知らない。

(3) 同3(一)(3)の事実のうち、本件組合振出の小切手の耳と組合員個人の普通預金通帳の照らし合わせが検査の一部であったことは認め、その余の事実は否認する。

(4) 同3(一)(4)の事実のうち、被告千葉県が昭和三七年本件組合に対して冷蔵庫設置資金として補助金五〇万円を支出したことは認め、原告が昭和四二年二月から昭和四四年八月までの間本件組合に対して三一六五万七四三〇円の貸付金債権を有していたことは否認し、その余の事実は知らない。

(5) 同3(一)(5)の事実は否認し、主張は争う。

(二) 同3(二)の事実のうち、本件各不動産につき、原告主張のような経緯で各登記が経由されたことは知らず、その余の事実は否認し、主張は争う。

(三) 被告千葉県の反論

(1) 本件検査の経緯

① 千葉県漁政課職員は、昭和四四年九月五日、六日、九日ないし一一日の合計五日間、水産業協同組合法一二三条四項に基づいて本件検査を実施した。本件検査は、本来国の権限に属するものであるが、機関たる千葉県知事に委任された事務(地方自治法一四八条二項別表第三(八九))で、県知事から命ぜられた県吏員である漁政課職員が実施するものである。

昭和四四年当時、千葉県漁政課では、本件組合のような水産加工業協同組合に対しては、ほぼ二年に一回の割合で常例検査を実施しており、本件組合に対しては、昭和四四年九月中旬に実施する予定であった。ところが、同年八月中旬、本件組合の役員から組合の会計に不正の疑いがあるので検査を実施されたい旨の要請があり、同年九月五日から本件検査を実施したものである。

② 常例検査は、組合の業務又は会計の状況に関し、帳簿、物件、証拠書類及びその他の業務記録を検査し、関係人に対して必要な聞き取りをすることにより、法令、法令に基づく行政庁の処分、定款若しくは規約に違反する事項の有無、財産の状況、業務執行の適否等を明らかにするために実施されるものである。ところが、本件組合については、法令上当然備置すべき帳簿類等が整備されておらず、帳簿等に基づいて検査を行うことが不可能であった。そのため、本件組合の小切手帳の控え、各取引銀行から取り寄せた残高証明書、本件組合及び原告の銀行預金口座元帳の写し等現存する限りの資料をもとにし、記録の不備を補うため、原告をはじめとして大崎、木樽ら組合役員同席のもとに説明を受けながら検査を進めた。そして、小切手の耳と本件組合の銀行口座元帳とを照合して金銭の動きを調査した結果、小切手の耳では本件組合の口座に入金されているはずの金員の全部又は一部が原告個人の預金口座に入金されるなど、趣旨不明の金銭の出入りが多数繰り返されていることが判明し、最終的には、三〇〇〇万円強の金額が本件組合の口座から出金されたままとなっていたことが判明した。そこで、漁政課職員が原告に対して説明を求めたところ、原告は、自らが流用したことを認めたため、右金額は原告による不正消費額と認定した。

漁政課職員は、本件検査の終了に際し、水産業協同組合検査規程(昭和三四年四月一日訓令第三号)一〇条に基づく講評として、大崎及び木樽ら組合役員に対し、右のような検査結果を伝えるとともに、早急に組合の整備を図るよう助言した。

したがって、本件検査は、法の趣旨に基づきなされたものであって、原告の犯罪的行為の摘発を目的として行われたものではない。また、本件検査は、刑事責任の追及とは無関係になされたものであるが、原告の弁明の機会が十分に保障される形で実施されたものであって、憲法三一条の趣旨は十分担保されていた。

③ 原告の外に本件検査及び講評に立ち会ったのは、大崎、木樽ら本件組合の役員幹部だけであり、一般の組合員の立ち会いはなく、検査期間中及び検査後を通じて、漁政課職員が外部に対して検査結果を公表した事実は一切ない。

④ 原告は、漁政課職員が大崎らに対して本件各不動産を処分することを教唆し、幇助したと主張する。しかし、本件各不動産に譲渡担保権が設定されたのは、本件検査の前である昭和四四年八月一八日から同月二八日までの間であって、漁政課職員が関与することはあり得ない。漁政課職員は、本件確認書を作成するに際し、原告と本件組合との間で流用金の弁済方法について合意が成立していたことを聞いていたため、その早期実現を指導したにすぎず、右指導は、本件組合の会計の健全な運営のため当然に要求されるものであって、そこには何ら過失はない。

(2) 本件検査は、国の機関委任事務としてなされたところ、機関委任事務は、あくまで国の事務であるから、「公権力の行使」は、国の機関としての公権力の行使というべきである。したがって、漁政課職員による本件検査の実施は、地方公共団体の事務の遂行ではないから、被告千葉県は、国家賠償法一条一項が予定する責任主体となるものではない。

4 請求原因4の冒頭部分の主張は争う

(一) 同4(一)(1)ないし(5)の事実のうち、原告が香取警察官の取調べを受けたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

(二) 同4(二)の事実は否認する。

(三) 被告千葉県の反論

(1) 捜査の端緒

千葉県銚子警察署は、昭和四四年九月中旬、銚子市内の漁業協同組合で不正があったとの風評及びそのころの新聞報道を端緒として、金融機関への照会を中心として内偵調査を開始していたが、同年一〇月九日、本件組合理事長大崎から原告を被告訴人とする告訴状を受理し、本格的に捜査を開始した。右告訴状は、本件組合の員外理事であり会計担当であった原告が、昭和四〇年ころから昭和四四年七月三一日まで、本件組合の預金口座から約五二〇〇万円の金員を引き出し、そのうち約三〇九七万円を不正使用したという内容であった。

(2) 捜査の経緯及び方法

銚子署では、定款、決算書類、小切手の耳等本件組合から入手できるものについては任意に提出を受けるとともに、本件組合、原告、大崎、木樽等関係者の各取引金融機関に対して捜査関係事項照会を行い、銀行元帳の写しを入手した。また、香取警察官が原告に対して捜査協力を求めたところ、原告は、自ら金銭の流れの一覧表を作成したばかりか、自らの記憶をもとに任意に答申書を作成し、捜査に協力した。その結果、本件組合と原告の預金口座間の金員の流れ、本件組合の預金口座から出金後行方の不明な金員の存在等が判明した。香取警察官は、原告に対し、本件組合と原告との間の貸借関係の有無を確認したが、原告は、それを明確に否定し、自己に有利な証拠の提出をしなかったばかりか、流用の事実を認める供述をした。香取警察官らは、右の経緯を前提として原告の資産状況、資産保有のための資金借入状況を含めた資金繰りの状況等を捜査し、原告及びその妻伊藤輝子(以下「輝子」という。)名義の金融機関の口座等に関する捜査、木樽の経営する水産加工業の金融機関の口座に関する捜査も行い、不正に費消された金員の使途についての周辺的捜査も十分に実施した。以上のような捜査を経て、銚子署は、昭和四五年七月一〇日、原告を業務上横領事件の被疑者として千葉地方検察庁八日市場支部に書類送付した。

なお、原告は、取引銀行の行員師岡について捜査しなかったことを非難するが、原告が自白していたこと及び金員の流れ自体は銀行元帳等の突き合わせで十分解明されていたことに照らせば、右非難は当たらないというべきである。

(3) 犯罪捜査の手法は、犯罪の種類、性質、態様、規模、被害者の態度等諸般の事情によって千差万別であり、そこにおける捜査官の判断には、広い裁量が認められている。特に、本件のような告訴事件の場合においては、犯罪の嫌疑の有無、程度に関して捜査官が必要と考える捜査を行い、速やかに事件を検察官に送付しなければならない。すなわち、刑事訴訟法二四二条は、告訴事件の処理に関して、「司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。」と規定しているが、この規定の趣旨は、捜査をせずに直ちに送付するのではなく、さしあたり収集すべき証拠を収集し、一応事案の概要を把握できる程度に捜査を遂げ、刑事事件として成立し得るかどうかの見極めができる程度の捜査を尽くすことが必要であるというものである。この趣旨からすると、捜査官としては、右に対応する通常の義務を怠らない限り、捜査が違法と評価されることにはならないのである。

銚子警察署は、右趣旨に沿って、前述のとおり、関係者からの事情聴取及び必要な証拠物の収集等の捜査を行い、刑事事件として成立し得るかどうかの見極めができる程度の捜査を遂げ、検察官に事件を送付したものであり、必要な周辺的捜査は十分尽くされており、裏付捜査を含め適切に行われたといえる。また、原告に対する事情聴取や取調べの際に、自白の誘導等がなかったことも明白である。

右のような捜査の経緯、方法に照らせば、銚子警察署の警察官の捜査行為には、何ら違法はないというべきである。

5 請求原因7は争う。

本件検査及び本件捜査と原告主張の各損害との間には相当因果関係がない。

(被告国)

1(一) 請求原因1(一)の事実のうち、原告が昭和三四年八月ころから昭和四四年八月ころまで本件組合に事務員として勤務し、昭和三七年三月員外理事に就任し、主として会計事務を担当していたことは認め、その余の事実は知らない。

(二) 同1(二)の事実のうち、本件組合が昭和二四年に設立されたこと及び本件組合が実質的活動を行っていなかったところ、昭和三四年七月ころ事業活動を開始したことは認め、その余の事実は知らない。

2(一) 請求原因2(一)の事実のうち、千葉県漁政課の職員が昭和四四年九月五日本件組合に対して水産業協同組合法に基づく検査を実施したことは認め、その余の事実は知らない。

(二) 同2(二)ないし(六)の事実は認める。

3 請求原因5の冒頭部分の主張は争う。

(一)(1) 同5(一)(1)及び(2)の事実は否認する。

(2) 同5(一)(3)の事実のうち、原告が起訴され、大崎及び木樽が不起訴となったことは認め、その余の事実は否認する。

(二)(1) 同5(二)(1)の主張は争う。

(2) 同5(二)(2)の事実のうち、田村検察官が弁護人申請の師岡証人について取調べの必要がない旨の意見を述べたこと及び同証人の取調べに立ち会わなかったことは認め、その余の主張は争う。

(3) 同5(二)(3)の主張は争う。

(三) 被告国の反論

(1) 無罪判決の確定と検察官の職務行為に関する国家賠償法上の違法性との関係について

① 総説

検察官の公訴提起は、無罪判決が確定した場合でも、国家賠償法一条一項上直ちに違法と評価されるべきではなく、検察官が職務上遵守すべき基準、すなわち、行為規範に対する違反がある場合に初めて違法と評価されると解するのが相当である。すなわち、検察官の公訴提起等の職務行為の国家賠償法上の違法性は、当該行為が行われる時点における証拠資料を総合勘案して、それが法の許容するところであるか否か、換言すれば、当該行為が検察官の個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反するか否かによって決せられるべきである(職務行為基準説)。これは、最高裁判所昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決(民集三二巻七号一三六七頁。以下「芦別国賠最高裁判決」という。)及び最高裁判所平成元年六月二九日第一小法廷判決(民集四三巻六号六六四頁。以下「沖縄ゼネスト国賠最高裁判決」という。)のとるところである。

② 検察官の職務行為からみた職務行為基準説

現行の刑事手続は、刑事裁判に関与する国家機関を検察官と裁判所に二分し、前者に対しては、犯罪の捜査(検察庁法六条一項)並びに公訴の提起、裁判所に対する法の正当な適用の請求及び裁判の執行の監督(同法四条)の各権能を与え、後者に対しては、検察官の右公訴提起に対し、当該被告人が有罪か無罪かを最終的に決定する権能を与えるとともに、有罪判決をする場合には、「合理的な疑いを容れない程度」にまで達する高度な犯罪の嫌疑ありとの心証(確信)を要求し、もって、「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に実現することを目的」(刑事訴訟法一条)としている。このように、検察官は、裁判官とは異なり、犯罪を覚知し、被疑者を検挙、起訴して裁判所に犯罪の成否、刑罰権の存否について審判を求め、もって、国家の刑罰権を適正に実現し、法秩序の維持を図ることを職責とする国家機関である。そして、検察官の公訴提起は、「検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示」(芦別最高裁判決)であり、検察官が右審判を求めるのは、その時点における証拠資料から得られる嫌疑に基づいてするものであるから、検察官の公訴の提起の違法性を論ずる場合には、公訴提起の時点における証拠資料を勘案して決すべきであることは当然のことである。

③ 国家賠償法一条一項の違法性からみた職務行為基準説

そもそも公務員の公権力の行使の中心は、優越的、高権的な意思作用であるから、それを行使すれば、個人の権利利益に制限を課すことになる場合が少なくないのであるが、そのような制限を課すことは、刑事手続における逮捕、勾留をみるまでもなく、公権力の行使の根拠法規それ自体が予定し、許容しているところである。それゆえ、公権力の行使により結果的に権利利益の制限が生じているとの一事をもって、直ちに公務員の公権力の行使が違法であると評価することはできない。すなわち、国家賠償法上の違法性の根拠は、権利利益の制限という事実ではなく、当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の行為規範に照らし、個別の国民の権利利益に制限を加えることが法の許容しないものであると認められること(職務義務違反性)に求めるべきである。

(2) 公訴提起の違法性の有無についての判断基準等

① 公訴提起に要求される犯罪の嫌疑の程度

検察官が公訴提起をするに際し、行為規範として要求される犯罪の嫌疑の程度は、有罪判決の得られる可能性、すなわち、検察官の主観においてはもちろん、客観的にも犯罪の嫌疑が十分であって、有罪判決を期待し得る合理的根拠の存することが必要であり、また、これをもって足りる。したがって、検察官の公訴提起は、無罪判決が確定した場合であっても直ちに国家賠償法一条一項上違法となるのではなく、検察官が有罪判決の得られる可能性があると判断して、すなわち、有罪判決を期待し得る合理的根拠が存するとして公訴を提起した場合には、公訴提起に国家賠償法上の違法性は存しないというべきである。

② 違法性の有無の判断基準

ア 総説

先に述べたように、国家賠償法上の違法性が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務違反に求められるものである以上、違法性の有無を判断するに当たっては、当該職務行為ごとの特質を十分に考慮して慎重に検討すべきものである。そして、後記の検察官の公訴提起の特質を考慮すると、検察官の公訴提起は、有罪と認められる嫌疑があると判断した検察官の証拠評価及び法的判断が、法の予定する一般的検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮に入れてもなおかつ行き過ぎで、経験則、論理則に照らして到底その合理性を肯定することができない程度に達している場合に初めて違法と判断されると解するのが相当である。

イ 具体的判断基準の根拠

検察官は、法の正当な適用の確保を実現するという職責を負っているといえ、このような職責に照らすと、公訴提起に要求される程度の嫌疑が存在している場合には、起訴を猶予すべき事情があると判断したときを除いて、公訴を提起し、裁判所に対してその審判を求め、もって刑事法令が適正かつ迅速に適用実現されるように図るべきである。そして、検察官は、犯罪の成否の判断にあたって、論理則、経験則に則って証拠の取捨選択及び評価をし、証拠の充足の有無を判断して事実の認定を行うのであるが、法は、証拠をどのように評価し、どのような心証形成を行うべきかについて、何ら規定するところがなく、これを検察官の自由な証拠評価、心証形成に委ねているということができる。すなわち、証拠関係は、事件ごとに個別性が極めて強く、量的にも質的にも多種多様であるから、犯罪の成否に関する検察官の判断は、所与の基準に当てはめて判断するというような画一的なものではなく、検察官としては、自己の素養、知識、経験等を頼りに自己が正当であると信ずるところに従って、証拠を総合的に評価し、心証を形成し、事実を認定して犯罪の成否を判断していくほかはないのである。したがって、検察官がいかに真摯な態度で事に臨んだとしても、その合理的であると考えられる証拠評価、心証形成に論理則、経験則の許容する範囲内で個人差が生じることが避けられないのは当然のことであり、合理的な証拠評価、心証形成というものは、客観的かつ一義的に定まるものではなく、法の予定する一般的検察官を前提として通常あり得る個人差の範囲に対応する一定の幅があることを認めなければならないのである。しかも、検察官の公訴提起時の心証と裁判官の判決時の心証とが異なることは、法律上予定されていることである。すなわち、判決時の証拠資料に基づき、論理則、経験則に則って証拠の取捨選択、評価をし、最終的に自由心証主義に基づき、裁判官の証明力についての自由な判断による吟味を経て事実を認定し、これに法令を解釈適用して判決をするという裁判作用の性質からすると、たとえ、検察官が有罪判決を期待し得る合理的根拠があると判断して公訴を提起したとしても、裁判官がその自由な証拠評価と心証形成に基づく吟味により無罪とすることも法律上予定されていることなのである。

③ 違法性の有無の判断資料

検察官の公訴提起における違法性の根拠が、公訴提起時における通常の検察官の行為規範に照らした職務上の法的義務違反にあることからすると、検察官の公訴提起の違法性の有無を判断する場合の判断資料については、公訴提起時において検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料に限って判断資料に供し得るものと解すべきである。そして、右における通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料とは、検察官が公訴提起時までにそれらの証拠を収集しなかったことに義務違反があると認められる場合、すなわち、公訴の提起時に検察官が現に収集した資料に照らし、その存在を予想することが可能な証拠資料であって、通常の検察官において公訴の可否を決定するにあたり、当該証拠資料が必要不可欠と考えられ、かつ、当該証拠資料について捜査をすることが可能であるにもかかわらずこれを怠ったなど特段の事情が認められる場合をいうものと解すべきである。それ故、手持ちの証拠資料のみで有罪の嫌疑が認められると合理的に判断され、さらに捜査を尽くすことが公訴提起の可否を決する上で必ずしも重要ではないと判断される場合、あるいは、捜査を尽くすことが不可能である場合等については、捜査を尽くす義務を負うに至らないことはいうまでもない。

④ 違法性の有無の判断手法

そして、違法性の有無の判断にあたっては、あくまでも、有罪と認められる嫌疑があると判断した当該検察官の証拠評価及び法的判断が、法の予定する一般的検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮に入れてもなおかつ行き過ぎで経験則、論理則に照らして到底その合理性を肯定することができない程度に達しているか否かを審理し判断すべきであって、国家賠償訴訟担当の裁判官が自ら嫌疑の有無及びその程度の判断を形成し、これと起訴検察官の判断とが一致しなければ直ちに右検察官の判断が合理性を欠くとすべきではない。なぜなら、国家賠償訴訟を審理する裁判官が、公訴提起時における犯罪の嫌疑に関し、自己が合理的と考える証拠評価、法的判断により、起訴検察官の判断とは異なった結論に達したとしても、それは、検察官と裁判官との間、あるいは、裁判官と裁判官との間で通常あり得る個人差による判断の相違に過ぎないものといい得るのであって、それだけで直ちに検察官の証拠評価及び法的判断が不合理であるとの評価を下すことはできないからである。これをすることができるのは、検察官の証拠評価及び法的判断が通常あり得る個人差による判断の幅を越えたものであることを客観的に認定し得る場合に限られるのである。

(3) 検察官の公訴追行の違法性の有無についての判断基準

検察官の公訴追行の違法性の有無の判断基準についても、職務行為基準説に立つ以上、公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りると解すべきであるが、公訴追行時の検察官は、公訴を提起した検察官の収集した証拠及び心証を引き継いで公訴を追行することになるから、公訴提起が違法でないならば、公訴の追行も原則として違法ではなく、公訴提起後、公判において右嫌疑を客観的かつ明白に否定する証拠が提出され、もはや到底有罪判決を期待し得ない状況に至らない限り、違法とされることはないと解するのが相当である。

(4) 本件における公訴提起について

① 通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料の有無

ア 判断基準について

通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料とは、検察官が公訴提起時までにそれらの証拠を収集しなかったことに義務違反があると認められる場合、すなわち、公訴の提起時に検察官が現に収集した資料に照らし、その存在を予想することが可能な証拠資料であって、通常の検察官において公訴の可否を決定するに当たり当該証拠資料が必要不可欠と考えられ、かつ、当該証拠資料について捜査をすることが可能であるにもかかわらずこれを怠ったなど特段の事情がある場合をいうと解すべきである。また、自供に対する裏付捜査の要否は、右裏付捜査によって得られる証拠資料が通常の検察官において公訴の可否を決定するに当たり必要不可欠と考えられるか否かにより決せられるというべきである。そして、自供の裏付けは、当該供述証拠による事実認定の合理性の担保ということであるから、犯罪事実認定に重要な自供内容が不自然な場合は、その供述内容について疑問を留保した積極的な裏付けを行い、その真否を明らかにする必要があるが、供述内容自体に不自然さが認められない場合には、その供述を一応信頼した確認的な裏付けをしてそれが供述内容と合致すれば、その時点においては、捜査機関に与えられた裏付捜査義務は尽くしたといえ、仮に、爾後に供述内容と矛盾する証拠が出現したとしても、裏付捜査義務を懈怠したことにはならない。

イ 本件においては、原告が捜査段階において横領の犯行を一貫して認めていたことに照らすと、すでに、原告の被疑事実に関しては、金融機関などに対する捜査により資金の動きが解明され、組合口座から原告の口座への金員の流れ、組合口座から出金後の行方の不明な金員の存在がいずれも判明し、それらについて原告自ら使途を含め着服した事実を認め、組合の資金を正規の手続を経ることなく、ほしいままに自己の口座に振り込むなどの行為を行っていたことが明らかであるから、送致時点において、警察は、捜査機関が行うべき所要の裏付捜査を行っていたといえるのである。

すなわち、原告は、本件検査後の昭和四四年九月一一日、組合長に対し、三〇九七万九五二五円の金員を横領したことを認め、所有する本件各不動産を処分して被害金の弁償に充ててほしい旨の確認書を作成した。銚子警察署は、本件組合からの告訴を受け、強制捜査ではなく任意捜査の方法により、原告及び本件組合から資料の提出を受け、取引銀行から預金元帳を取り寄せるなどして捜査を行い、原告と本件組合間の金銭の出入り状況について原告から説明を受けながら一覧表を作成した。原告は、捜査の当初から捜査官らに対して横領の事実を認め、責任を強く感じているとの態度を示し、弁解をしなかった。原告は、田村検察官の取調べに対しても、自己の経歴、身上関係、収支関係、本件組合の業務及び収支関係等につき、詳細に供述し、一覧表記載の事実はすべて真実であり、本件組合の金員を自己のために費消し、あるいは、銀行の与信を得るために自己名義の預金口座に入金した旨の横領の動機、方法等について詳細に自白した。このように、原告は、自ら帳簿類を精査して作成した一覧表に基づいて横領事実を認めていたのであるから、原告の主張に耳を貸さなかったとする原告の主張は、その前提において誤っている。

さらに、原告は、田村検察官が本件組合や銀行の帳簿類を調査しなかった点及び師岡から事情聴取しなかった点が違法であると主張する。しかし、田村検察官は、帳簿に基づいて作成された一覧表によって公訴を提起したものであり、帳簿を調査しなかったとする主張は失当である。また、師岡についての原告の主張は、同人を調べておればどのような事実が判明し、その結果どのような理由で原告に対する起訴がなされなかったのか等の検察官の公訴提起の違法を基礎付ける具体的な事実の主張を全く欠いており、主張自体失当である。仮にその点は措くとしても、通常取引銀行の担当者が組合内部の事情を知っていたとは考えられないこと、同人の供述が横領罪の成否の決め手にはならないと考えられること及び捜査官が銀行と本件組合との取引に係る預金元帳等の帳簿類を入手していたこと、原告から田村検察官に対して、師岡を取り調べてほしい旨の上申もなかったこと等の事情に照らせば、捜査段階において同人の事情聴取を行わなかったことが違法であるとは到底言い得ない。

② 検察官の本件公訴提起における判断の合理性

ア 原告の業務上横領の犯行を疑うに足りる客観的事実関係が認められたこと

すなわち、原告は、所定の手続を何らとることなく組合役員らに秘したまま組合口座から出金し、その一部を原告個人口座へ入金しており、特段の事由のない限り、その事実自体が横領罪における不法領得の意思を合理的に推認させる横領行為の典型的外形を有していることが明らかである。

また、原告は、単なる経理係の員外理事で組合から月額四万円程度の給料を受取っていたに過ぎない立場であるから、組合のために多数回にわたり金を立て替え、あるいは、貸付けをなしていたこと自体不自然、不合理である。そして、真実、原告が組合のために立替払いや貸付けをしていたというのであれば、後に貸付金や立替金の存在そのものについての証明ができなくなるおそれがあることから、後日の返還請求に備え、あるいは、相殺処理に紛議を招かぬように、当然その点についての明確な記録を残して慎重に保存しておくはずである。それにもかかわらず、原告が明確な記録を残していないという客観的な事実からすると、まず、原告が組合に貸し付け、組合のために立替払いをしたという事実そのものが存在しないか、あるいは、原告が何らかの目的をもって、故意に明確な記録や証拠を残さなかったかのいずれかであると判断することは十分に合理的である。前者であれば、原告の弁解自体が成り立たないことになるし、後者であれば、原告が故意に記録等を残さなかった理由としては、これを残すことにより自己がした横領行為等不正事実の発覚することをおそれたからであると認められ、その場合には、原告から組合への入金は、横領金の被害弁償そのものと認められるからである。

さらに、組合口座と原告口座との入出金の先後関係は、少なくとも公訴事実に関する限りでは、常に組合から原告への出金が先行しており、したがって、組合から原告への出金の事実があるものは、いずれも原告が組合に貸し付け、あるいは、組合のために立て替えた金員の返済を受けたものである旨の原告の弁論は、不合理である。また、いわゆる「いってこい」についていえば、本件当時、常陽銀行銚子支店等では、得意先の便宜を考え、小切手が持参されると交換前にその小切手を担保の形にして直ちに現金化していたのである。例えば、原告は、組合の三菱銀行銚子支店の額面四五万円の小切手を振り出し、それを自己の取引銀行に持参すると、同銀行では直ちにそれを現金化してくれるため、その現金化した四五万円を組合の三菱銀行銚子支店の当座預金口座に入金しておくのである。そうすると、その二、三日後に右小切手が決済されるため、一見原告による組合への出金が先行する形になるのであるが、これはその実体からして原告が組合に対して貸し付けたり、あるいは、原告が組合のために立替払いしたりした金員であるとは到底評価できないものである。そもそも右の資金の流れの先後関係については、警察の捜査の段階においてすでに検討されていたものであって、警察官は、業務上横領事件として確実に立証できると判断される昭和四二年以降を立件して検察官に送致したのである。

イ 原告が捜査段階において一貫して横領の事実を認め、特段の弁解もしていなかったこと

そもそも原告は、警察での任意の取調べ以来、一貫して横領の事実を認め、弁解もしていなかったと認められる。原告の取調べは、身柄拘束は行わず、いわゆる任意の取調べの方法によったものであることは争いないところ、このように、任意の取調べにおいて、被疑者が取調べの最初の段階から一貫して自白している場合には、その自白の信用性は高いというべきである。そして、その自白の信用性については、自白の経過のみならず、その内容が合理的か否かによっても判断されるべきことは当然であるが、その合理性は、客観的状況との関連で判断されるべきである。本件においては、右に述べたとおり、原告の捜査段階の自白は、客観的な情況事実とよく符合するもので何ら矛盾抵触するものではなく、その供述経過及び供述内容に照らして十分な信用性があるものと評価できたのである。

③ なお、原告は、田村検察官が原告のみを起訴し、大崎及び木樽を不起訴処分としたことが違法である旨主張するが、公訴の提起は、検察官の裁量によるものであり、ある者に対して公訴提起をしたことが、他の者を不起訴処分にしたことによって違法になるということはあり得ないのであり、右主張も正当でない。

(5) 本件における公訴追行について

① 原告は、田村検察官が証拠上合理的疑いが顕著に存するにもかかわらず、公訴を維持した旨主張するが、証拠上原告が有罪判決を受ける見込みは十分に存在していた。すなわち、差戻前の第一審の公判において、大崎、木樽の証人尋問が実施されたが、その証言内容は、供述調書の内容と特段異なるところはなく、また、組合元職員の大川文子及び野口ウタ子の証人尋問によっても何ら原告の弁解は裏付けられなかったのである。

② 原告は、田村検察官が弁護人申請の師岡証人について証拠調べの必要がない旨の意見を述べ、その取調べに立ち会わなかった点が違法であると主張する。しかし、刑事訴訟法上当事者は裁判所外における証拠調べに立ち会う義務を負うものではなく、前記の事情に照らせば、師岡証人の尋問期日に立ち会わなかったことが違法であるとはいえない。

③ また、原告は、田村検察官が本件刑事被告事件の係属中に言い渡された民事事件の判決を考慮しなかった点が違法であると主張するが、刑事事件が民事事件の判決の結果に従わなければならない理はなく、右主張は失当である。そもそも右民事事件は、本件刑事事件とは争点を異にするものであるところ、これについて田村検察官が特段の考慮を払わなかったとしてもそのこと自体違法とはいえないことは明らかである。

4 請求原因6は争う。

裁判官が行った職務行為、特に裁判について国家賠償法一条一項の適用があるかは疑問であるが、適用されるとしても裁判の性質上、違法性の判断基準については一定の制約が加えられるべきである。すなわち、裁判官が行った争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これにより当然に国家賠償法一条一項にいう違法行為があったというべきでなく、国の賠償責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情のあることが必要である。

前記のとおりの事実経過、証拠資料に照らすと、本件においては、右のような特別の事情があったものとは考えられないから、裁判官の行為には何ら違法はないというべきである。

5 請求原因7は争う。

同7(一)(2)及び同(二)、同(三)の各損害は、被告国の行為との間に因果関係が存せず、被告国に対して主張できないものである。

三  被告千葉県の抗弁

本件検査は、警察の捜査、検察庁の捜査、公訴提起、第一審裁判所の判決とは別個独立の行政庁の行為である。そして、本件検査は、昭和四四年九月一一日に終了したのであって、検査自体の違法性の主張は、その時点で可能であるから、そのときから三年の経過をもって消滅時効が完成した。被告千葉県は、右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否及び反論

本件検査が警察の捜査、検察庁の捜査、公訴提起、第一審裁判所の判決とは別個独立の行政庁の行為であることは認め、その余の事実は知らず、主張は争う。

本件のように、複合的かつ連鎖的不法行為の場合、検査自体が終了したとしてもそれにより損害の発生を知ったということはできないから、検査終了時点から時効は進行しないというべきである。原告が本件刑事事件に係る民事上の損害の発生を知ったのは、無罪判決確定の時である。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)について

1  当事者間に争いのない事実、甲第四、第五号証の一、二、第六ないし第一三、第一八、第二一ないし第二三、第二七、第二八、第四〇ないし第四二号証、乙第一、第二、第九ないし第一一、第一三、第一四、第二三ないし第二五号証、丙第一ないし第四、第一〇、第二二、第二六号証及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告の経歴、本件組合との関係等

(1) 原告の経歴

原告は、旧制小学校卒業後、海軍工廠技術員養成所を経て、水産加工店店員、同経営者、運送会社社員等として稼働してきたものであるが、昭和三四年右運送会社が倒産したことから高橋正治の紹介で本件組合に勤務することになり、本件組合の経理、会計の事務処理にあたってきた。本件組合は、昭和三六年に冷蔵庫を建設する旨の計画を立てて農林漁業金融公庫に融資の申込みをしたところ、賛成理事が一名不足していたことから、右公庫から、冷蔵庫建設計画書作成担当者の保証を融資の条件として提示された。そこで、本件組合は、原告に対し、理事に就任して本件組合の全債務を保証することを強く要請した。原告は、一事務員にすぎない立場であったことから本件組合の全債務を保証するまでの意思は有しておらず、辞職を申し出たが、組合長大崎及び会計担当理事木樽に説得され、結局、昭和三六年五月二〇日、員外理事に就任することを承諾し、その旨の登記を経由した。これにより、原告は、本件組合の全債務を保証することになった。

(2) 原告の本件組合における業務

原告は、毎日午前六時ころ組合に出勤し、東京の荷受組合から出荷製品の売上げに関する電話を受けて台帳に記入するなどし、一旦帰宅して朝食を取り、アパート、モーテル等の個人の営業に関する事務を処理し、午前九時ころ再び組合に出勤して女子事務員から電話の報告を受け、指図をし、あるいは支払をし、昼食のため帰宅し、個人の事務を処理した後、午後二時ころ三度目の出勤をし、女子事務員から不在中の報告を受け、あるいは銀行からの電話を受けるなどしてから帰宅するという生活を送っていた。

(二)  組合の組織、活動等

(1) 本件組合の組織

本件組合は、昭和二四年一〇月二一日、千葉県銚子市内の水産加工業者ら約三三名によって水産業協同組合法に基づく組合として設立された。本件組合には、年一回開催される総会において組合員の中から選出される理事一〇名によって構成する理事会、組合を代表する組合長が置かれ、組合の運営にあたることとされていた。

本件組合は、当初、実質的な活動を行っていなかったが、昭和三四年、二四名の組合員により実質的な活動を開始し、大崎が組合長に、木樽が会計理事に就任し、その後、原告が員外理事に就任し、女子事務員一ないし二名を使用して、会計、経理事務を組合事務所において処理するようになった。

(2) 本件組合の事業

① 水産加工製品の共同出荷

本件組合の事業の主たるもので、主として組合員からサンマ、イワシなどの加工製品の出荷依頼を受け、これをまとめて主に東京都内の築地市場へ組合名で出荷し、約七日ないし一〇日後に組合の口座に送られてくる代金を各組合員に支払うという委託販売形式のものである。なお、組合員は、組合から出荷した製品が市場で競り売りされ、その代金額が同日組合に電話で通知されると、同金額から組合の販売手数料等を差し引いた金額の七〇パーセントにあたる金額を直ちに組合から支払ってもらうことができることとなっており、これを七分金制度と呼んでいた。本件組合が取り扱う出荷品の流通経路及び代金の支払経路は、別紙共同出荷機構図のとおりである。

② 水産加工製品の凍結、保管

昭和三七年に組合の冷蔵庫を建設し、これにより、組合員及び他の水産加工業者の水産加工物等の凍結、冷蔵保管を行うようになった。

③ 組合員に対する資金融資

毎年総会で総借入額、個人に対する貸付限度額等を決定し、組合名で千葉県信用漁業協同組合連合会(以下「信漁連」という。)から借入れし、申し込みのあった組合員に転貸するものである。

④ その他の事業

その他、塩などの水産加工原材料の共同購入も僅かながら行っていた。

二  請求原因2(本件刑事事件の発生とその経緯)について

当事者間に争いのない事実、甲第二、第一四ないし第一八、第二三号証、乙第七、第二三号証、丙第二七号証及び証人香取信好の証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  千葉県漁政課の職員は、昭和四四年九月五、六、九ないし一一日、本件組合に対し、水産業協同組合法一二三条四項に基づいて常例検査を実施した。

2  被告千葉県銚子警察署の田野信一巡査部長(以下「田野部長」という。)及び香取警察官は、昭和四四年一〇月九日本件組合からの告訴を受けて本格的捜査を開始し、同年一二月半ばから在宅のまま原告を取り調べ、その後、千葉地方検察庁八日市場支部に本件刑事事件を送致した。

3  千葉地方検察庁八日市場支部の田村検察官は、昭和四七年三月二二日、千葉地方裁判所八日市場支部に対し、本件刑事事件について公訴を提起した(同支部昭和四七年(わ)第三〇号事件)。

4  千葉地方裁判所八日市場支部の亀下裁判官は、一三回にわたる審理のうえ、昭和五〇年七月二〇日、一八二の公訴事実のうち一については犯罪の証明がないとして無罪に、その余の各事実について懲役二年に処する旨の判決を言い渡した。

5  原告及び検察官の双方が右判決に対し控訴したところ、東京高等裁判所は、八回にわたる審理のうえ、昭和五一年一一月一五日、原判決には多くの疑問点があり、原告の無罪を推測せしめるに足りる多くの証拠があるので、原審においてさらに審理を尽くすのが相当であるとして、原判決を破棄し、本件刑事事件を千葉地方裁判所八日市場支部に差し戻す旨の判決を言い渡した(東京高等裁判所昭和五〇年(う)第七一三号事件)。

6  千葉地方裁判所八日市場支部は、本件刑事事件につき、再び審理を行い、二〇回にわたる準備手続を経たうえ、昭和六〇年三月三〇日、無罪の判決を言い渡した(同支部昭和五二年(わ)第二四号事件)。

三  請求原因3(被告千葉県の責任・漁政課職員の検査の違法性)について

1  水産業協同組合法一二三条四項は、出資組合(漁業生産組合を除く。)の業務又は会計の状況について毎年一回を常例として検査をしなければならないと規定しているところ、右常例検査における検査の内容は、帳簿検査及びその他の検査であり、同法は、この検査により、出資組合の会計処理における違法性の有無の確認及び会計上の誤りの有無の確認等を行うことを目的としており、これらの確認を通じ、もって組合の経営状態の健全性を診断しようとしているものである。したがって、この常例検査の目的に個人の犯罪行為の摘発が含まれないことは明らかであり、それを目的とした検査は、常例検査の目的を逸脱した違法なものとして許されないというべきである。

2  当事者間に争いのない事実、甲第三、第一八、第二三、第二五ないし第二八、第四二、第四六号証、乙第七、第九、第一〇、第一二号証の一ないし三、第一五号証の一ないし二四、第一九、第二三号証、丙第一ないし第四、第二一、第二七、第三一号証及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  千葉県漁政課は、水産業協同組合法一二三条四項に基づく常例検査を二年に一度の割合で実施しており、本件組合に対しては、昭和四二年四月ころ、常例検査を実施した。その際、本件組合の会計処理について、不備あるいは不正な点があるとの指摘はなかった。

(二)  原告は、昭和四四年八月四日、本件組合への紹介者である高橋正治を海鹿島町の自宅に呼び、組合振出の額面五〇〇万円の小切手が銚子信用金庫において、額面六五〇万円の小切手が常陽銀行銚子支店においてそれぞれ不渡りになりそうであることを打ち明け、対策を相談した。高橋正治は、組合長大崎及び会計担当理事木樽を呼び出して右事情を告げ、善処を求めた。原告は、大崎及び木樽に対し、申し訳ない、自分が会計をやっていたので自分の責任であるという態度を終始とっていたが、他方、自分が使い込みをしたとか、なぜ資金が足りなくなってきたのか、いくら足りないのか等については明確に言及しなかった。大崎は、銚子信用金庫に電話をかけ、善処を求めたが、すでに二度目であるとの理由で拒絶され、また、大崎、木樽とも各自の借受枠が一杯であるとの理由で、自己名義で借入れをして不渡りを防ぐことはできない状況にあった。そこで、高橋は、大崎らに対し、原告及び輝子名義の海鹿島町、波崎町の土地及び建物の権利証を渡し、それらによって金策してくれるように依頼した。しかし、結局、有効な対策を取ることができなかったため、組合振出の前記各小切手は不渡りとなった。

(三)  本件組合は、昭和四四年八月一七日、組合総会を開催し、組合振出の小切手が不渡りになった経緯を説明し、銚子水産事務所を通じて千葉県漁政課に検査の依頼をすることを決めた。

そこで、大崎及び木樽は、千葉県漁政課に対し、決算報告書の内容が銀行の残高証明書と大きく違うこと、組合振出の小切手が不渡りになったこと等を報告し、「どうも会計担当の伊藤がおかしいので検査をしてほしい。」と要請した。千葉県漁政課は、ちょうどそのころ本件組合に対して常例検査を実施することを予定しており、組合から右のような要請があったことから、それを受け、本件検査を実施することにした。

(四)  検査の状況

被告千葉県の水産部漁政課係長田中文男、銚子水産事務所課長伊藤康夫、同主任主事田村總一郎(以下、この三名について「漁政課職員」ということがある。)は、昭和四四年九月五、六、九ないし一一日、本件組合に対し、同年七月三一日を基準日として常例検査を行った。本件検査には、原告、組合長大崎、会計理事木樽、監事増田進及び他の組合員らが立ち会った。漁政課職員は、当時組合事務所には小切手の耳以外にほとんど資料がない状態であったことから、各銀行から元帳を取り寄せた。

漁政課職員は、本件組合振出の小切手の耳と組合及び原告の各銀行元帳の照らし合せにより資金の流れを調べ、漁政課職員の一人が小切手の耳の記載を読み上げ、居合わせた組合員らに対し入金の有無を確認し、それが否定されると、その金額を組合からの不明出金分として把握していった。漁政課職員は、右不明出金分についてさらに確認していったところ、原告の預金元帳に組合からという記載があったので、原告が流用したものと判断した。漁政課職員は、原告に対し、不明出金分の金額について逐一確認していったが、原告の態度は曖昧で、そうだと思いますという返答をするのみで、流用金の使途先を尋ねても明確な答えは得られなかった。他方、原告は、漁政課職員に対し、このような検査に立ち会うことはできないと抗議し、さらに、原告と本件組合の間及び大崎と本件組合の間にはそれぞれ金銭の貸借関係があり、横領金といわれている金員はこれらの貸借に基づく債務の弁済であること、また、本件組合の売上帳、預金元帳、個人売上台帳及び振替伝票等を調査してほしい旨要求したが、聞き入れられなかった。

漁政課職員田中文男は、原告の主張する本件組合との間の貸借について、貸した額がどの位で借りた額がどの位かは分からないものの、原告が返済したものがあったことを本件検査により把握した。しかしながら、右田中は、入金された金額、その入金元等については把握することなく、原告に対しても確認を求めなかった。また、右田中は、本件組合の負債の原因について他にも責任を負うべき役員があるかもしれないと考えたが、原告以外の他の役員については立ち入るべきでないと判断した。

漁政課職員は、昭和四四年三月現在の組合の資産状態を決算報告書、銀行の預金残高証明書及び借入金残高証明書等の照合により把握し、純資産がどの位あるかという観点から検査し、その結果、負債が出るとの結論に達し、最終的にそれが原告の横領金額と合致すると判断した。右田中が原告に対し個々の流用金額について各組合員に当たって確認するよう求めたところ、原告は、資料がなく個々の組合員に当たって確認することはできないから全部まとめて確認すると答えた。そこで、右田中は、自ら確認書の原案を作成し、原告に対して提示した。原告は、検査終了後、右原案を参照しながら確認書を書いて署名押印した。その際、原告は、確認書記載の三〇〇〇万円余の中には組合長大崎個人と組合との間の貸借分があると主張したが、右田中は、それについては関与すべきでないと判断した。漁政課職員は、本件検査の終了に際し、大崎、木樽ら役員幹部に対し、水産業協同組合検査規程一〇条に基づき、講評として、右の検査の結果を伝えるとともに、早急に組合の整備を図るべきであること、本件組合が同年八月原告の所有不動産に設定した譲渡担保権を行使し、不正消費額のてん補に充て、組合に損害が生じないように措置すべきであることを指摘した。

(五)  その後の状況

原告は、本件検査が終了した日に千葉県水産部漁政課を訪ね、課長に対し、本件検査の結果について納得していないこと、自分の手で決着をつけるつもりであることを告げた。

千葉県知事は、組合長大崎及び監事に対し、昭和四四年一一月四日、「水産業協同組合の検査について」と題する書面において、本件検査の結果、本件組合の業務及び会計の状況は乱脈をきわめ、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二八日までの間、原告が五七五四万九五二五円を流用し、そのうち二六五七万円をてん補し、実質的な流用額が三〇九七万九五二五円の多額にのぼると判断したことを指摘した。そして、そのような事態が発生した主な要因として、①役員の忠実な職務遂行が欠如していたこと、②組合の規模がきわめて狭小であるため、必然的に少数の職員となり、内部けん制組織が確立されていなかったこと、③経理処理が伝票を起票せずに行われ、また、諸帳簿が未整備であったこと、④決算書(昭和四三年度)に虚偽の記載があったこと、⑤役員をはじめ組合員が組合をあまり利用せず、実態を認識していなかったこと、⑥自己資本が極度に不足(基準額三二九万八〇〇〇円に対し、自己資本額は三四七七万一〇〇〇円の赤字)しているため、借入金に依存せざるを得なかったこと等をあげた。そして、今後本件組合を適正に運営するためには、①役員が法令、定款を遵守して忠実に職務を遂行すること、②内部けん制組織の確立を図ること、③簿記の原則にのっとった経理処理と適正な決算を行うこと、④組合員の全利用体制を確立し、組合員意識の高揚を図ること、⑤資金の自賄体制を確立するため自己資本の充実を図ること、⑥不正消費額の全額をてん補できるように早急に措置することが緊要であると指摘した。

当時の新聞報道には、「千葉県漁政課の話によると、昭和四三年には監査は行わず、昭和四四年九月に組合員から、どうも伊藤らがおかしいので監査をしてほしいと求められ、監査をした。このときには、伝票などはなくなっており、他の書類からやっと監査して約三千百万円の横領の事実が分かり、直ちに千葉県警察銚子署に対して検査書類を見せた。」旨の記事、あるいは、「県の緊急監査が本件組合の要請によって行われ、県は、経理を握る原告が組合資金五七〇〇万円を一人で流用、モテルを建築、自宅を鉄筋二階建てに建て替えるなどの資金にあてていた事実が明らかになったとしている。」旨の記事等があった。

3  以上の事実を前提に本件検査に違法があったかどうかについて検討する。

右において認定した事実からすると、本件組合では、本件検査が行われる以前にすでに原告の横領行為が疑われていたこと、大崎及び木樽は、被告千葉県漁政課に対し、「伊藤がおかしいので検査をしてほしい。」と依頼したこと、被告千葉県の漁政課職員は、右依頼を受けて本件検査を行ったこと、漁政課職員田中は、本件組合の負債の原因について他にも責任を負うべき者がいるかもしれないと思いながらも、あえて他の者の責任を追求しなかったことが認められ、それらの事情を総合して勘案すると、本件検査は、原告の横領行為を摘発する目的でなされたものと評価せざるを得ず、法の予定する常例検査の趣旨を逸脱したものといわざるを得ない。したがって、被告千葉県の漁政課職員の行った本件検査は違法であり、被告千葉県は、本件検査により原告が被った損害を賠償する責任を負わなければならない(もっとも、漁政課職員が大崎らに対して本件各不動産の処分を教唆、幇助したとの原告の主張については、前示のとおり、本件各不動産につき本件組合宛譲渡担保権が設定された時期が本件検査前のことであるこなどに照らし採用できない。)。

なお、被告千葉県は、本件検査は、国の機関委任事務として国の公権力の行使として行われたものであるから、地方公共団体の事務の遂行ではなく、被告千葉県は、国家賠償法一条の予定する責任主体ではないと主張する。しかしながら、同法三条一項は、公務員の選任・監督に当る者と公務員の費用を負担する者とが異なるときは、費用を負担する者も損害を賠償する責に任ずる旨規定しており、本件においては、被告千葉県が同項における費用を負担する者に該当することについては当事者間に争いがない。したがって、この点に関する被告千葉県の主張を採用することはできない。

4  被告千葉県の抗弁について

さらに、被告千葉県は、本件検査が仮に違法であったとしても、右違法を理由とする国家賠償請求権については、消滅時効が完成していると主張するので、その点について検討するに、本件検査は、警察官らによる捜査、検察官による公訴提起及び公訴追行、裁判官による判決とは、別個独立の行為というべきである。そして、本件検査は、昭和四四年九月一一日ころ終了しており、原告は、その時点において本件検査の違法性を主張することが可能であったといえる。したがって、以後三年の経過により本件検査の違法を理由とする国家賠償請求権については消滅時効が完成したというべきであるからこの点に関する被告千葉県の抗弁は理由がある。

四  請求原因4(被告千葉県の責任・警察官の捜査行為の違法性)について

1 本件刑事事件においては、後記2(二)において認定するように、原告に対しては、任意捜査の方法がとられ、逮捕、勾留等の強制捜査は行われていない。そこで、仮に、原告が指摘するように、捜査に不十分な点があったとしても、任意捜査として行われた以上、国家賠償の対象となる権利、利益の侵害があったとはいえないのではないかという疑問が生じ得る。しかしながら、任意捜査としてであっても、捜査機関たる警察官によって被疑者と位置付けられ、取調べを受ければ、原則として当該事件を検察官に送致され(刑事訴訟法二四六条参照)、検察官は、その捜査の結果をもとに公訴を提起するかどうかを検討することになり、公訴を提起されれば有罪判決を受ける危険にさらされることになる。したがって、警察官による捜査が不十分なものであれば、その不十分な捜査の結果を前提に公訴を提起するかどうか検討されることになってしまうのであるから、警察官としては、任意捜査の場合であっても、捜査機関として合理的に期待される限度において、すなわち、検察官が公訴を提起するかしないか判定することができる程度において、できるだけの捜査をすべきであって、不十分な捜査のまま事件を検察官に送致することは許されないというべきである。同条の「犯罪の捜査をしたとき」とは、右のような捜査がなされたときの意味に理解すべきであり、このような意味において、国民は、不十分な捜査のまま事件を検察官に送致されることのない権利、利益を有するといえる。よって、本件刑事事件においても、国家賠償の対象となる権利、利益の侵害があったかどうかが問題となるといえる。

そして、刑事事件において無罪の判決が確定したというだけでは、直ちに不十分な捜査であったとして捜査が違法となるものではないというべきである。なぜなら、警察官による捜査は、被疑事実を覚知し、時間的、物的制約のもと、当該被疑事実について犯罪が成立するかどうかについての各種証拠資料を収集するというものであって、その性質上、判決時における裁判官の心証とは異なるものであるから、捜査当時における種々の事情や各種の証拠資料から得られる判断、評価等を総合勘案して、捜査機関として通常一般に合理的に期待される程度において捜査すべきことを行ったといえれば捜査を懈怠したとは評価し得ないからである。

なお、被告千葉県は、本件のような告訴事件の場合においては、犯罪の嫌疑の有無、程度に関して捜査官が必要と考える捜査を行い、速やかに事件を検察官に送付しなければならないのであって、この点に関する刑事訴訟法二四二条の趣旨は、捜査をせずに直ちに送付するのではなく、さしあたり収集すべき証拠を収集し、一応事案の概要を把握できる程度に捜査を遂げ、刑事事件として成立し得るかどうかの見極めができる程度の捜査を尽くすことが必要であるというものであり、この趣旨からすると、捜査官としては、右に対応する通常の義務を怠らない限り、捜査が違法と評価されることにはならないと主張する。しかしながら、右主張には、同法二四二条及び二四六条の趣旨の理解についての誤解が存在するものと解される。すなわち、同法二四二条は、告訴事件等にあっては、捜査の初期の段階から検察官が関与することが妥当であるため、速やかに一応の捜査を終えたところで「書類及び証拠物」を検察官に送付させようとしたものであって、同法二四二条における「書類及び証拠物を検察官に送付」することと同法二四六条の「事件を検察官に送致」することとは同義ではないのである。したがって、告訴事件等において書類及び証拠物を検察官に送付した後においても捜査は続行され、先に述べたとおり、同法二四六条に従い、捜査機関として合理的に期待される限度において、すなわち、検察官が公訴を提起するかしないか判定することができる程度において、できるだけの捜査を遂げたうえで事件を送致すべきことになるといわなければならないのである。

そこで、以下、右の意味において、本件刑事事件における捜査について懈怠があったかどうかを検討することとする。

2  本件捜査の経緯

当事者間に争いのない事実、甲第四二、第四六号証、乙第五、第八、第一二号証の一ないし三、第一七、第一八、第二三、第二八ないし第三〇、第三一号証の一、二、第三二、第三三、第四八、第四九号証、丙第一、第四、第一〇ないし第二五、第二八ないし第三二号証、証人香取信好の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  千葉県警察銚子警察署は、昭和四四年九月中旬ころ、銚子市内の漁業協同組合で不正がある旨の風評を得たこと及び同月一八日付の「銚子丸海職員の五七〇〇万円の流用事件」との見出しの新聞報道により、本件刑事事件について捜査の端緒を得、内偵を開始していた。本件組合は、同年一〇月九日、銚子警察署に対し、原告が昭和四〇年ころから昭和四四年七月三一日までの間、本件組合より五二〇〇万円を引き出したこと、そのうち三〇九七万円については原告が横領したことを自認したが、さらに二一〇〇万円余の使途不明金があるので、これについても不正使用があるものと推測されるので、これを明確にし、法に従った相当の処分を求める旨の告訴状を提出した。銚子警察署は、本件組合による右告訴を受け、本件刑事事件について本格的な捜査を開始するに至った。

(二)  銚子警察署では、本件刑事事件について、田野部長が主任となり、香取警察官がその補助にあたり、主として香取警察官が財務捜査を担当し、金銭の流れについて捜査した。

本件組合においては、組合全体の帳簿としては、売上台帳、勘定元帳、借入帳、出資金台帳、判取帳等があり、組合員個人の帳簿としては、支払台帳、売上台帳、売上元帳等があったが、田野部長及び香取警察官らが捜査に赴いた当時、右各帳簿のうち主なものは紛失しており、田野部長らは、本件組合から、小切手の控え、個人の売上台帳、個人の仮払帳、判取帳、議事録、決算報告書等の提出を受け、さらに、後記(三)(1)の各銀行元帳等を捜査事項照会によって取り寄せ、小切手の耳等と照合しながら金銭の出入りを調査し、さらに、組合長大崎、会計理事木樽らから参考人として事情聴取し、後記(三)(2)①、②の各供述調書を作成した。この間、田野部長らは、本件刑事事件を解明するには長期の時間が必要であると考え、また、原告が捜査に協力的であったことから、強制捜査を行う必要がないと判断した。香取警察官は、昭和四四年一二月半ばころまでに小切手の耳と銀行元帳との照合を終え、本件組合から原告への金の流れの把握をほぼ終了していた。香取警察官は、このころ、原告に対し出頭を求め、事情を聴取しながら、原告とともに本件組合と原告との間の金の出入りについての一覧表(後記(三)(3)⑤、⑥の各答申書添付の各別表)を作成していった。田野部長及び香取警察官は、同年一二月半ばから昭和四五年三月末ころまでの間、週のうち四ないし五日、原告に対して出頭を求め、取調べを行った。原告は、当時、水戸市千波町に引っ越していたので、波崎町の親戚の家に泊まり込み、午前八時ころ出頭して取調べを受け、昼食を取りに右親戚宅へ帰宅し、その後再度出頭し、夕方まで取調べを受けるという生活を送った。田野部長及び香取警察官は、後記(三)(2)③ないし⑱のとおり、昭和四五年二月六日から同年三月三一日までの間、原告から、田野部長が一一通、香取警察官が五通の供述調書を取り、その他組合理事、監事及び組合員らからの事情聴取を経て、昭和四五年七月ころ、千葉地方検察庁八日市場支部へ本件刑事事件を送致した。他方、田野部長及び香取警察官は、大崎及び木樽の両名に関しても、本件組合との間にそれぞれ金銭の出入りがあったことから横領の嫌疑を抱いて捜査し、両名についても事件を右支部へ送致した。

なお、右の際の送致事実は、「原告は、昭和三七年三月から昭和四四年八月まで、本件組合の経理担当常務理事会計主任として、組合の経理関係一切の事務を担当していたものであるが、①木樽と共謀して、組合の運転資金、転貸資金等の横領を企て、昭和四二年六月から昭和四四年八月までの間に組合から原告が業務上預かり保管中の同組合の当座預金及び普通預金から約一九〇〇万円を引き出し、木樽の営業する水産加工業の営業資金に充当し、自己のほしいままに費消横領し、②事業欲から、組合の運転資金、転貸資金等の横領を企て、昭和四二年六月から昭和四四年七月までの間に、組合から業務上預かり保管中の組合の当座預金及び普通預金から約一億一〇〇〇万円を引き出し、自己の経営する旅館、アパート、会社等の建設資金に充当し、自己のほしいままに費消横領し、③大崎と共謀して、組合の運転資金、転貸資金等の横領を企て、昭和四二年一一月から昭和四四年四月までの間に、組合から原告が業務上預かり保管中の同組合の当座預金及び普通預金から約七〇〇万円を引き出し、大崎の経営する水産加工業の経営資金に充当し、自己のほしいままに費消横領した。」というものであった。

(三)  本件捜査においては、以下の証拠資料を収集した。

(1) 捜査関係事項照会によって収集した証拠資料

① 銚子警察署長が昭和四四年九月一〇日付で信漁連銚子支所に対してした捜査関係事項照会に対する同月二〇日付の回答書(乙第三一号証の一、二)

信漁連銚子支所の本件組合名義の貸付金元帳(昭和四一年一〇月二二日から昭和四四年八月二五日まで)

② 銚子警察署長が昭和四四年九月一〇日付で信漁連銚子支所に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(丙第八号証)

信漁連銚子支所の本件組合名義の貯金台帳(昭和四一年一〇月二二日から昭和四四年九月一日まで)

③ 銚子警察署長が昭和四四年九月一一日付で三菱銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する同月一九日付の回答書(丙第五号証)

三菱銀行銚子支店の本件組合名義の普通預金元帳(昭和四〇年九月一三日から昭和四三年一月二七日まで)、当座勘定元帳(昭和四二年二月二〇日から昭和四四年八月一日まで)、手形貸付元帳(昭和四〇年一〇月一一日から昭和四四年七月二五日まで)、積立定期預金元帳(昭和四〇年一〇月三〇日から昭和四一年一〇月三一日まで、同年九月二七日から昭和四三年九月二八日まで)

④ 銚子警察署長が昭和四四年九月一一日付で三菱銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する同月一九日付の回答書(乙第一七号証)

三菱銀行銚子支店の原告名義の定期預金元帳(昭和四三年八月二九日から昭和四四年八月二九日まで、昭和四二年五月三〇日から同年八月三〇日まで)、普通預金元帳(昭和四一年五月一一日から昭和四四年九月一一日まで)、積立定期預金元帳(昭和四一年二月八日から昭和四二年八月二八日まで、昭和四一年五月三一日から昭和四二年五月三一日まで、昭和四四年七月一四日から同年八月二九日まで)、当座勘定元帳(昭和四一年一一月九日から昭和四二年九月二日まで)、手形貸付元帳(昭和四一年五月三一日から昭和四四年八月二九日まで)

⑤ 銚子警察署長が三菱銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する昭和四四年九月一九日付の回答書(乙第三二号証)

三菱銀行銚子支店の本件組合名義の普通預金元帳(昭和三九年八月二四日から昭和四〇年九月一〇日まで)

⑥ 銚子警察署長が三菱銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する昭和四四年九月一九日付の回答書(乙第三三号証)

三菱銀行銚子支店の本件組合名義の当座勘定元帳(昭和四〇年一一月二〇日から昭和四二年二月一八日まで)

⑦ 銚子警察署長が信漁連銚子支所に対してした捜査関係事項照会に対する昭和四四年九月二〇日付の回答書(乙第三〇号証)

信漁連銚子支所の本件組合名義の貯金台帳(普通)(昭和四一年四月一日から昭和四五年三月三一日まで)

⑧ 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(乙第二八号証)

常陽銀行銚子支店の本件組合名義の普通預金元帳(昭和四〇年三月二四日から昭和四四年八月二八日まで)

⑨ 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(乙第四九号証)

常陽銀行銚子支店の原告名義の当座勘定元帳(昭和四二年八月三一日から昭和四四年二月二八日まで)

⑩ 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(乙第二九号証)

常陽銀行銚子支店の本件組合名義の当座勘定元帳(昭和三九年五月一九日から昭和四二年一月一三日まで)

⑪ 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(丙第六号証)

常陽銀行銚子支店の本件組合名義の普通預金元帳(昭和四一年一二月二九日から昭和四四年八月二八日まで)、当座勘定元帳(昭和四二年一月一三日から昭和四四年七月七日まで)

⑫ 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(丙第七号証)

常陽銀行銚子支店の原告名義の普通預金元帳(昭和四二年九月一四日から昭和四四年九月五日まで)、当座勘定元帳(昭和四二年八月三一日から昭和四三年二月七日まで)

⑬ 銚子警察署長が常磐相互銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する昭和四四年一〇月一八日付回答書(丙第九号証)

常磐相互銀行銚子支店の原告名義の当座勘定元帳(昭和四一年一一月三〇日から昭和四四年八月一八日まで)、普通預金元帳(昭和四〇年九月三〇日から昭和四四年八月二二日まで)、定期積立元帳(昭和三九年八月三一日から昭和四三年一月五日まで)及び常磐相互銀行銚子支店の伊藤輝子名義の普通預金元帳(昭和三八年六月二五日から昭和四二年四月二七日まで)

⑭ 銚子警察署長が昭和四五年一月一四日ころ、銚子信用金庫波崎支店の伊藤輝子名義の普通預金元帳についてした調査(乙第一八号証の末尾の記載を参照)

⑮ その他

銚子信用金庫橋本支店の本件組合名義の当座勘定元帳(昭和四四年四月四日から昭和四五年三月三一日まで)(乙第三四号証)、木樽名義の銀行預金元帳

(2) 供述調書

① 昭和四四年一一月五日付の大崎の田野部長に対する供述調書(丙第一号証)

組合の設立経緯、構成員、資産関係、活動内容、原告が本件組合の員外理事に就任し、会計事務を担当するようになった経緯、昭和四二年四月ころ、県の漁政課の検査を受けたが、帳簿書類に不備不正は見あたらないという結果であったこと、アパートやモーテルの建築資金は、妻の実家と銀行からの借入金であると聞いていたこと、貸別荘の建築資金の出所はよくわからなかったこと、飯岡町のモーテルの毎月の売り上げが七〇万円位であると聞いていたこと、昭和四四年八月二日原告から組合の金を使い込んで申し訳ないと告白されたときの状況、原告名義の不動産を譲渡担保にとった経緯、同年八月一七日の総会の結果、銚子水産事務所を通じて県の漁政課に依頼して、同年九月五日ないし七日に帳簿監査をしてもらったこと、その結果五二〇〇万円の出所不明金のあることが判明したこと、本件告訴に至った経緯等を述べている。

② 昭和四四年一一月五日付木樽の香取警察官に対する供述調書(丙第四号証)

本件組合の構成員の説明、昭和四四年九月二日原告及び高橋から小切手が不渡りになりそうだと告白されたときの状況、その際原告は申し訳ありませんの一点張りであったこと、同席していた高橋から銚子信用金庫に切ってある五〇〇万円の手形が不渡りになってしまうが何とかならないか、原告の全財産を預けるからこれで金を作って返済してほしいと言われたこと、原告が常盤相互銀行に申し込んだ一二〇〇万円の融資が出るのを待ったが出なかったこと、この間、木樽らが組合の取引銀行に行って調べたところ、原告が組合の金を使い込んでいるようであったこと、そこで、県の漁政課に監査を依頼したこと等を述べている。

③ 昭和四五年二月六日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一〇号証)

原告の身上、経歴、資産関係、すなわち、不動産として、海鹿島町の土地及び建物、飯岡町の土地及び建物、波崎町の土地及び建物を所有し、これらの時価見積額は、約五六〇〇万円であること、預金として、銚子信用金庫他三行に約二四〇〇万円あること、これらは、使い込みの補填として組合へ提供したこと、昭和四四年九月ころまでの負債として、銚子信用金庫、常陽銀行、常盤相互銀行、三菱銀行等に約五三〇〇万円の借入金があったこと、本件刑事事件が発覚するまでは、組合からの月四万円の給料とアパート、旅館の収入によって家族六人で平穏に生活できたが、発覚後は家族は銚子市や波崎町に居ることができなくなり、水戸市内に転居し、親戚からの援助によってようやく生活していること、組合の員外理事に就任した経緯、組合の経理事務一切の責任者であるから組合関係の不明金等は一切自分が責任を負うべき性質のものであること等を述べている。

④ 昭和四五年二月一〇日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一一号証)

昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月三一日までの間、原告が組合の取引銀行や信漁連の預金口座から金を引き出して自分名義の銀行預金口座に振り替えたりして流用し費い込んだことについて、答申書(丙第三二号証)添付の一覧表(別表NO1)をもとに説明し(組合の三菱銀行銚子支店の普通預金口座から合計六七七六万円(後記⑧で普通、当座預金口座から合計六五六一万円と訂正。)、常陽銀行銚子支店の普通預金口座及び当座預金口座から合計三四八一万一〇〇〇円、信漁連銚子支所の普通預金口座及び当座預金口座から合計一一六〇万六〇〇〇円(後記⑧で一一二〇万六〇〇〇円と訂正。)、総計一億一四一六万七〇〇〇円(同じく一億一二〇一万七〇〇〇円と、後記⑩で一億一一六一万七〇〇〇円とそれぞれ訂正。)を組合長大崎の承諾を受けずに独断で引き出して費い込んだこと、原告が個人名義の預金口座から返済した金額は、常陽銀行銚子支店の普通預金口座から合計八六一五万六〇〇〇円、常盤相互銀行銚子支店の預金口座から三六〇万円、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座から九三八万五〇〇〇円、総計九九一四万一〇〇〇円で、返済できない金額は一五〇二万六〇〇〇円(前同様一二八七万六〇〇〇円、一二四七万六〇〇〇円とそれぞれ訂正。)であること)、木樽は原告が組合の金と原告自身の金を銀行口座の面で操作していたことを知っていたが、その都度木樽の承諾を得ていたわけではないと述べている。さらに、返済未了分の内訳を同別表NO2に基づいて概略以下のように説明している。すなわち、大崎は、昭和四一年一一月から昭和四四年四月まで六回にわたり、合計七〇五万円を組合口座から大崎の取引銀行である常陽銀行銚子支店、信漁連銚子支所、銚子信用金庫橋本支店の普通預金口座に振り替え流用し、そのうち、同年二月から五月までの間、五回にわたり合計三七〇万円を返済し、残額は三三五万円である。大崎は原告個人から借りたものであると弁明しているが、その金額は、組合口座から大崎個人の口座に移っているから、原告個人から借りたとは弁解できないと思われる。昭和四二年五月から昭和四四年七月まで一六回にわたり合計七一八万四〇〇〇円(前同様六七八万四〇〇〇円、六八一万一〇〇〇円とそれぞれ訂正。)の不明出金があった。考えられることは、組合員が出荷代金の前借り(通称七分金)等をした場合、組合員に対し小切手を切ったところ、印鑑を持参しなかった組合員から組合の裏判を押してくれと頼まれ、何回か小切手の裏に組合の印鑑を押してやった記憶があるので、そのようなケースかもしれない。また、原告自身が自分の仕事の支払いに当てて支払ったかもしれない。いずれにせよ、出金先が分からなくとも出納事務の取扱者である原告が最終的に責任を負うわけである。右不明出金の外、昭和四二年三月から昭和四四年七月までの間に原告の預金口座に合計四四九万二〇〇〇円が入金されていることが帳簿上分かっている。流用した金の使途については原告個人の経営している旅館、アパート、住宅新築等の必要経費や銀行の借入金の利息の支払等にあてた。

⑤ 昭和四五年二月一三日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一二号証)

答申書(丙第三二号証)添付別表NO3を説明している。すなわち、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二四日までの間、組合長大崎のゴム印、印鑑等を使い銀行から配布されていた小切手にでたらめな金額を記入し、三菱銀行銚子支店の当座預金口座及び普通預金口座から払い戻しを受けたり、小切手のまま原告名義の常陽銀行普通預金口座又は常盤相互銀行銚子支店の当座預金口座に入金したりして総額六五六一万円を使い込んだと述べているが、原告名義の口座に入金した理由についてはふれられておらず、不明出金については「どこにも入金していないから私が個人の支払に使ったと思う。私が使ったことに間違いありません。」という記載になっている。また、不明出金の一部については、組合員の個人売上仮払帳と照合して組合員個人(尾張勇、森明)への支払いであること、組合の三菱銀行銚子支店から昭和四四年三月二六日及び同年四月二六日の二回にわたり銚子信用金庫橋本支店の大崎名義の当座預金口座に合計一五五万円が送金されていることが判明しており、さらに、右三月二六日の七五万円の送金については、大崎の銀行元帳の記載と照らし合わせて、同人の三〇〇万円の借金の返済期日に間に合うように大崎から依頼されて小切手を切ったと思う旨説明している。大崎は原告個人から借りたものであると弁明しているが、当時組合長は原告が組合の預金を操作していることを知っていたわけであるから、組合の預金口座から出ていることを十分知っているわけであるとも述べている

⑥ 昭和四五年二月一六日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一三号証)

答申書(丙第三二号証)添付別表NO4を説明している。すなわち、昭和四二年五月一日から昭和四四年六月一一日までの間、七九回にわたり、組合の常陽銀行銚子支店の当座預金口座及び普通預金口座から払戻し又は振替えにより、原告名義の常陽銀行の当座預金口座及び普通預金口座又は常盤相互銀行銚子支店の普通預金口座に入金したりして総額三四八〇万一〇〇〇円を使い込んだと述べているが、原告名義の口座に入金した理由についてはふれられていない。使途については、単に「使途不明です。」とだけ記載されている。不明出金の一部については、組合の支払先(松井箱店)への支払いであることが判明しており、また、昭和四二年一二月一四日に組合の常陽銀行普通預金口座から原告の常陽銀行普通預金口座に七〇万円が入金されていて、これは同年一二月一三日に原告が組合に対して貸した金の返済である旨述べている。昭和四二年一一月一五日、同年一二月一八日及び昭和四三年九月一四日の三回にわたり合計三五〇万円が組合の常陽銀行銚子支店普通預金口座から常陽銀行銚子支店の大崎名義の普通預金口座に送金されたと述べている。

⑦ 昭和四五年二月一六日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一四号証)

答申書(丙第三二号証)添付別表NO5を説明している。すなわち、昭和四二年三月一八日から昭和四四年六月三〇日までの間、組合の信漁連銚子支所の当座預金口座及び普通預金口座から払戻し又は小切手振出等により、原告名義の常陽銀行の預金口座又は常盤相互銀行の普通預金口座に入金したりなどして総額一一二〇万六〇〇〇円を使い込んだと述べているが、原告名義の口座に入金した理由についてはふれられていない。また、使途については、「何に使ったか判りません。」、「使途不明です。」等と記載されている。昭和四二年五月二九日の四九〇万円は、帳簿上はっきりしているものではなく、本件発覚後組合員らとの交渉により組合員から返済があったと主張された額であること、すなわち、昭和四一年一〇月二二日に組合が信漁連銚子支所から転貸資金一七〇〇万円を借りて組合員らに貸した金について返済があったと主張されたものであること、組合員の言葉を信用して記載したわけで、原告の責任において使い込み分として計上したこと、これについては、八月三一日、銚子信用金庫波崎支店の原告の普通預金口座から直接信漁連銚子支所に返済した旨の記載があること、昭和四二年一一月四日に組合の信漁連銚子支所の普通預金口座から大崎名義の三菱銀行銚子支店の当座預金口座へ二〇〇万円振り替えがされているが、これは大崎から頼まれてやったものであることを述べている。また、三菱銀行銚子支店の大崎名義の当座勘定元帳の一一月四日の欄には他店扱いで二〇〇万円の入金があることが判明している。大崎は、今回の件が起こってから、原告個人から借りたものであると弁解し、すでに返済していると言っており、確かに大崎の個人帳には返済したように記載されているが、実際は入金されていないので、原告の責任上使い込み分として計上したと述べている。

⑧ 昭和四五年二月一七日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一五号証)

答申書(丙第三二号証)添付別表NO1ないし3、5を訂正している。

⑨ 昭和四五年二月一七日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一六号証)

答申書(丙第三二号証)添付別表NO6を説明し、昭和四二年九月三〇日から昭和四四年七月三一日までの間に原告名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座及び当座預金口座から組合名義の常陽銀行の普通預金口座及び三菱銀行の当座預金口座へ合計八六一三万一〇〇〇円を振替により返済したと述べている。

同NO7を説明し、昭和四二年四月一日から昭和四三年八月三〇日までの間に原告名義の常磐相互銀行銚子支店の普通預金口座及び当座預金口座から組合名義の常陽銀行の普通預金口座へ合計三六〇万円を入金して返済したと述べている。

同NO8を説明し、昭和四二年八月三一日から昭和四四年七月二八日までの間に原告名義の銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座及び当座預金口座から組合の信漁連銚子支所の普通預金口座及び常陽銀行の普通預金口座へ合計九三八万五〇〇〇円を入金して返済し、返済金の総合計は九九一四万一〇〇〇円であると述べている。

さらに、「組合の元帳の残高が四、五万円位のときに、私個人の預金元帳から多額の金が支出されているのは、組合関係の支払に当てたものである。そのことは組合長や一般組合員がよく知っていて、組合に金がないときは私が自分の預金から支出していることが度々ある。そのように、私は、組合の出納責任者として自分個人の預金を数え切れないほど組合のために使っているわけである。組合幹部や一般組合員は私が個人の預金を持っていることを十分承知していて都合のよいときだけ私を利用していたとも考えられる。」と述べている。

⑩ 昭和四五年二月一九日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一七号証)

答申書(丙第三二号証)添付別表NO1及び2を訂正している。

⑪ 昭和四五年二月二三日付の原告香取警察官に対する供述調書(丙第一八号証)

答申書(丙第二八号証)添付別表NO1(組合からの不明出金)を説明している。

すなわち、組合の三菱銀行の当座預金口座からの不明出金については、現金でおろしているが、組合の常陽銀行の普通預金口座及び当座預金口座に入金がない、現金にしたのは原告であるので、組合の口座になければ原告が現金にして使用してしまったと思う、三菱銀行の小切手は裏書人が丸海であり現金で引き出されているので、組合の各銀行に入金されていないし、組合員個人にも支払っていない、原告が使ったとしか考えられないと述べており、また、尾張勇及び森明への支払の事実が一部判明したことが述べられている。

次に、組合の常陽銀行からの不明出金については、組合名義の常陽銀行の当座預金口座から小切手を常陽銀行の普通預金口座に振り出したようになっているが、組合の普通預金口座に入金がなく、また組合の各銀行口座にも入金がないので私が使ってしまったのだと思う、また、組合名義の常陽銀行の普通預金口座から現金で引き出し、組合の各銀行口座にも入金がなく、また組合員個人の個人帳簿にも入金がないので私が現金にして使ったとしか考えられないと述べている。

さらに、組合の信漁連銚子支所の普通預金口座からの不明出金については、組合名義の信漁連銚子支所の普通預金口座から現金で引き出し、組合の各銀行口座にも入金がなく、また組合員個人の個人帳簿にも入金がないので、現金を扱うのは原告であるので、原告が使ったことは間違いないと述べている。

使途については、細かくはわからない、原告の個人の借入れの利息だけでも八〇〇万円位はあるので、利息の支払いや返済の一部に補充したりしてしまったと述べている。

⑫ 昭和四五年二月二三日付の原告の香取警察官に対する供述調書(丙第一九号証)

答申書(丙第二八号証)添付別表NO2(組合への不明入金)を説明している。

すなわち、組合名義の常陽銀行の普通預金口座への不明入金については、前後四二回にわたり合計一五四八万七二七五円の不明入金があるが、これらはほとんどが小切手等で入金されている、小切手を受け取るのは、冷蔵庫の凍結料を受け取る場合や組合員個人が売上金不足の時に持ってくる場合であると思うが、組合の元帳がないのではっきり分からないが、原告の各銀行の出金と組合の入金等を突き合わせして残った金額であるので、原告個人から返済したものではないと思われる等と述べている。

組合名義の三菱銀行の当座預金口座への不明入金については、前後一二回にわたり合計五六七万円の不明入金があるが、これらは、組合員個人が売上金不足の時に入金したものや、組合員へ貸した転貸資金の返済金が入金されたためであるが、組合の元帳がないのではっきり分からないものの、原告の出金については組合の各銀行への入金と突き合わせてあるので、原告個人から返済したというようなことはないと思うと述べている。

組合名義の信漁連銚子支所の普通預金口座への不明入金については、前後一三回にわたり合計三三九万円の不明入金があるが、これらは、組合員個人が売上金不足の時に入金したものや、組合員へ貸した転貸資金の返済金が入金されたためであるが、組合の元帳がないのではっきり分からないものの、原告個人から返済したというようなことはないと思うと述べている。

そのうえで、「組合への不明入金については、組合員が売上金不足のときに現金や小切手でもってくる場合や凍結料を現金や小切手で受け取った場合等に、組合の元帳等をつけていなかったのでどこからの入金なのか分からなくなってしまったものである。これらの金額等は私の横領とは関係ないものと思う。」と述べている。

⑬ 昭和四五年二月二三日付の原告の香取警察官に対する供述調書(丙第二〇号証)

答申書(丙第二八号証)添付別表NO3及び同4(原告からの不明出金及び原告への不明入金)を説明している。

すなわち、原告は、原告名義の常陽銀行の普通預金口座からの不明出金については、前後二四回にわたり合計四三九万円の出金があるが、この金額は、原告の生活費や借入金の利息返済等に使用したり、他の銀行に移すために現金でおろして使ってしまったのだと思う、この出金の金額は組合の各銀行の入金等と突き合わせてみたが、どこにも入金がないので、原告が現金にして支払等に使用したものと思うと述べている。

原告名義の常陽銀行の当座預金口座からの不明出金については、前後五回にわたり合計一〇八万円の出金があるが、これらの出金は原告の小切手帳に振り出した先等が記載されていないので、分からなくなってしまったものである、たぶん銀行移しのためか、支払に使用したかのいずれかだと思うと述べている。

原告名義の常盤相互銀行の当座預金口座からの不明出金については、前後九回にわたり合計七八五万円の出金があるが、この金額は借入金の返済及び利息、アパート、旅館等の支払であると思うが、小切手の耳等がないのではっきり分からないものの、組合の口座に入金はないので、原告が何かの支払等に使用したものと思うと述べている。

原告名義の常盤相互銀行の普通預金口座からの不明出金については、前後一六回にわたり合計五二二万七三〇〇円の出金があるが、これらも支払や返済等に原告が使用したものと思うと述べている。

原告名義の銚子信用金庫飯岡支店の当座預金口座からの不明出金については、前後七回にわたり、合計八四万円の出金があるが、これらも支払や銀行移しに原告が使用したものと思うと述べている。

原告名義の銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座からの不明出金については、前後九回にわたり合計四五五万三〇〇〇円の出金があるが、これらも支払等に原告が使用したものと思うと述べている。

原告名義の三菱銀行普通預金口座からの不明出金については、前後二回にわたり合計三〇五万円の出金があるが、これらも支払や銀行移し等に使用したものと思うと述べている。

そして、原告からの不明出金については、合計二六九九万〇三〇〇円であるが、アパートの建設資金及び旅館の建設資金や借入金の返済、利息の支払、その他各種の支払等に使用したものと思う、ただ、組合の各銀行に入金等がないので、組合に弁済した金額等ではないことははっきりしているので、原告が使用したものと思うと述べている。

原告への不明入金については、原告名義の常陽銀行の普通預金口座に前後三三回にわたり合計七八六万六〇〇〇円の入金が、原告名義の常陽銀行の当座預金口座に前後八回にわたり合計三五五万円の入金が、常盤相互銀行の普通預金口座に前後一六回にわたり合計一一八五万円の入金が、常盤相互銀行の当座預金口座に前後一六回にわたり合計四五四万五〇〇〇円の入金が、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座に前後一五回にわたり合計五〇〇万五〇〇〇円の入金があり、これらの合計額は三二八一万六〇〇〇円となる、この金額の中には、組合の不明出金や波崎町のアパートの収入や銀行移し、友人等に貸した金の返済等があるが、この他に組合員が現金等で組合に納入した分が多少入っているのではないかと思うが、はっきりした額は分からない、不明入金の中には、組合の不明出金等が含まれていることは間違いないが、はっきりした金額等については分からないと述べている。

⑭ 昭和四五年二月二三日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第二一号証)

確認書(丙第三一号証)を書くに至った経緯について、常盤相互銀行銚子支店へ申し込んでいた一〇〇〇万円の借入れができなくなったことからやりくりしていた運転資金の回転が止まってしまったので、組合を辞める決心をして八月二日大崎と木樽の二人を呼んで、組合の資金をやりくりに使ったが、銀行の運転が止まってどうすることもできないから組合から身を引くと話した、確認書は、漁政課の係員が下書を書いた、記載された金額は、漁政課の係員が組合の帳簿や銀行預金元帳等を調べて出したものであり、原告が承認したものではなかったが、当時、大勢の組合員が興奮して騒いでおり使い込んだものを返すのは当たり前等怒鳴っている始末で、書かないでその場から帰れる雰囲気でなかったので、係員のいうままに確認書を書いた、係員は書面を原告には渡してくれず、持ち帰ったものと思うと述べている。

⑮ 昭和四五年二月二四日付の田野部長に対する供述調書(丙第二二号証)

答申書(丙第三二号証)添付別表NO9ないし同12を説明している。

同9(組合の収支関係)については、組合の昭和四二年度から昭和四四年度の決算表によって作成したものであること、決算表には粉飾した数字があるが、この表には粉飾した数字はなく、事実のまま記載してあること、組合の収入は、組合員の出荷手数料、冷蔵庫使用料、保管料、原塩販売手数料等であること、組合長や会計理事等大口の業者がもっと組合を利用してくれれば、収入手数料が増えて運営が楽になったはずであること、欠損金は、昭和四二年度が三二五万三〇〇〇円、昭和四三年度が四七二万円、昭和四四年度が五三七万八〇〇〇円と年々増加しており、その他に累積赤字もあるので、一年ごとに組合の運営が苦しくなっていること、さらに、冷蔵庫設備欠損金が毎年五二一万円あり、この埋め合わせに組合員の出荷代金を充当しており、その出荷代金の支払のために原告が組合帳簿をやりくりしたこと、やりくりの方法は、架空の借入れを記載したり、原告個人の元帳から支払ったり、受け入れ等を操作したりというものであったことを述べている。

同10(信漁連からの転貸資金の借入状況)については、一般組合員には不正はないが、大崎は、第三回借入れ時において、尾張勇名義を使って二人分借入れをしたことを述べている。

同11(支払利息)については、借入金の利息の支払の状況を述べている。

同12(原告の収支関係)については、波崎町の自宅で有限会社伊藤商事を経営し、アパート四棟、飯岡町のモーテルからの収入が昭和四二年度五四一万二〇〇〇円、昭和四三年度八四一万二〇〇〇円、昭和四四年度(七月現在)四八九万円あり、各種支出を除いても昭和四二年度二三四万八八八一円、昭和四三年度三一二万八九〇〇円、昭和四四年度一一二万五〇〇〇円の利益があったこと、帳簿上では各年別に欠損金を計上してあるが、月掛積立預金を除けば生活費には十分余裕があったこと、常盤相互銀行銚子支店、三菱銀行銚子支店、常陽銀行銚子支店、銚子信用金庫波崎支店からの借入金については、借入れの都度、波崎町のアパート、飯岡町のモーテル、海鹿島町の住宅の三棟(時価五六〇〇万円相当と評価)に担保を設定していたこと、原告が組合の金を流用使い込んだとしても組合で大騒ぎをしなければ十分に補填できる状態であったことを述べている。

⑯ 昭和四五年二月二六日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第二三号証)

組合は、昭和四四年八月二四日付委任状及び念書に基づいて同年一二月波崎町のアパート四棟、海鹿島町の住宅一棟を一二五〇万円で売却し、その売却代金の一部を常盤相互銀行銚子支店からの一〇〇〇万円の借入金の返済に充て、さらに、アパートの地主に対し権利金八〇万円を支払ったということ、残金の一七〇万円が組合に入金されているかどうかは分からないこと、組合は、同年一二月、飯岡町のモーテルを一五〇〇万円で売却し、売却代金の一部を銚子信用金庫波崎支店からの九七一万三〇〇〇円の借入金の返済に充て、残金五二八万七〇〇〇円を組合に入金したことを述べている。

さらに、組合は、原告の常陽銀行銚子支店に対する定期預金一五〇万円を組合の返済資金に充てたこと、同年八月三日、原告個人の必要から三菱銀行銚子支店から現金八五万円を借りて所持していたところ、ちょうどそのころ銚子信用金庫橋本支店で組合の八五万円の小切手が不渡りとなり、大崎と木樽から頼まれてやむを得ず、三菱銀行から借りた右八五万円で小切手を買い戻してやったことを述べている。さらに、同年九月一七日以降売却時までのアパートの収入二七万五五〇〇円、モーテルの収入五六万一六一三円を組合が取得したこと、したがって、これらの分も補填分に入ることを述べている。

⑰ 昭和四五年三月三〇日付の原告の香取警察官に対する供述調書(丙第二四号証)

組合長や会計が原告に事務一切をまかせてくれていたようだったので、組合の印鑑を勝手に押したり、議事録等を勝手に作ったりして借入れをしてしまったが、このようなことは事務員の範囲を越えてやってしまった、組合長や会計等が原告に事務一切を任せるとは聞いていなかったが、原告のやっていることを黙認していたようなので、原告個人で組合の運転資金等が困ったりした場合に組合長らに話をせずに勝手に借入れ等をしてしまった、原告は組合員らに不安な気持ちを持たせてはいけないと思い、勝手に借り入れてしまったのである、決算報告書には、借入金の存在を隠してあった、組合には現金出納帳や銀行元帳等の帳簿がそろっていなかったので、組合員は、嘘の決算報告書を作成しても分からず、このような多額の赤字ができるまで気付かなかったのだと思うと述べている。

⑱ 昭和四五年三月三一日付の原告の香取警察官に対する供述調書(丙第二五号証)

組合の取引銀行は、常陽銀行、三菱銀行、信漁連及び信用金庫であるが、借入れをしたのは常陽銀行、三菱銀行及び信漁連であると述べている。

常陽銀行からの借入れについて、冷蔵庫を建設した当時にできた赤字と七分金の運転のため、総会で五〇〇万円を借り入れることとした、その後は、総会を開かずに書き替えをしたり、借入れをしたりしてやってきたが、昭和四一年二月二四日から昭和四四年一月四日まで二〇回にわたり合計二四六〇万円を借り入れた(当初の五〇〇万円を含めると二九六〇万円)、同年八月二日現在では、借入合計額は二一八〇万円であるから、七八〇万円は返済したことになる、定期積み立てをしては借入れをするという悪循環が繰り返していたということになるが、このような借入れは、原告が勝手に資金ぐりに困ってやったり、木樽に相談したりしてやった、組合長や会計は事務一切を原告に任せきりで組合の帳簿等も見ず、原告が借入れをしても注意等もしなかったので、組合の運転資金等が不足したりした場合に借入れ等を起こしてやりくりしていたところ、結果的に累積赤字が増えてしまったと述べている。

三菱銀行からの借入れについて、第一回目の借入れは組合の運転資金のため昭和四〇年一〇月一一日三〇〇万円であった、その後は総会を開かずに、同年一〇月三〇日から昭和四四年七月一四日まで一六回にわたり合計三二一四万円(当初の三〇〇万円を含めると三五一四万円)を借り入れた、同年七月二五日現在の残は五〇〇万円であるので、三〇一四万円を返済したことになる、これらの借入れについても組合員は知らないと思うが、原告は組合長や会計が事務一切を原告に任せてくれているようだったので、組合の運転資金等に困ったときに一時的に借入れをして使用し、金ができたときに返済するというような方法で借入れをしていたのであると述べている。

信漁連からの借入れについて、信漁連からの借入れは、運転資金と組合員に対する転貸資金であるが、運転資金については、昭和四三年一〇月二九日に受託販売代金決済という名目で借入れを申請し、一五〇〇万円借り入れた、組合としては転貸資金の借入れを申し込んであったのだが、信漁連から転貸資金の借入れは少し待ってくれと言われたので、組合長に相談したところ、早く金を借りられる方法はないかと言われたので、信漁連に相談したところ、運転資金で申し込めば早く出るだろうという返事だった、その旨組合長に報告したところ、組合長は運転資金で申し込むようにと指示した、そこで、運転資金として一五〇〇万円の借入れをし、信漁連に対し、大崎、尾張勇、原告の連名での保証の元に一五〇〇万円の手形を振り出した、運転資金として借りたものであるから個人的に転貸することはできないはずであったが、組合長に言われ、このうちの五〇〇万円を大崎に貸した、残金の一〇〇〇万円は三菱銀行からの借入金の返済に充てた、その他、昭和四三年五月二〇日から昭和四四年四月一日までの間八回にわたり合計一九八〇万円を借り入れた、昭和四四年八月二日現在四九〇万円の残であるから一四九〇万円返済したことになる、借り入れた金のほとんどは他の銀行からの借入金の返済に充当したが、これは組合長と会計に相談したので二人は知っていると思うと述べている。

転貸資金については、転貸資金は、総会で決定して借り入れるようになったのであるが、信漁連の転貸資金は定期預金で五倍まで貸し出し可能であったので、組合員個人が借り入れる金額の五分の一に相当する金を持って来て、組合で一括して定期預金をして借入れをして各組合員に転貸した、このとき木樽が各組合員の資産の状況や組合の出荷額等により転貸するかどうかを決定した、借り入れた金額より転貸した金額の方が少なくなり、その差額は運転資金として組合で使用したため利息等を組合で支払った、この借入金の返済のために他銀行から借入れを起こしたため、組合で払う利息が増えたことが赤字増大の原因の一つであると思う。また、転貸資金を運転資金に回したことも利息が増え、累積赤字につながったと思う、借入れの際、総会等で細部まで詳細に検討して借入れをしていれば赤字ももう少し少なくてすんだと思う、以上のような借入金の存在について、一般の組合員はほとんど知らなかったと思う、原告も事務員の範囲を越えてこのようなことをやって組合に迷惑をかけて申し訳なく思っていると述べている。

(3) その他

① 本件組合の昭和四三年度の決算表(乙第五号証)

② 昭和四四年八月二四日付の原告作成の念書(丙第三〇号証)

原告及び輝子名義の海鹿島町、飯岡町及び波崎町の建物及び土地を売却する等一切の行為を組合長大崎及び高橋正治に委任したこと、本日以後勝手に不動産を譲渡したり、賃貸、使用貸借、抵当権、質権設定等の処分をして本件組合に迷惑をかけるようなことはしないこと、第三者から権利主張があった場合は速やかに本件組合に相談することを誓約すること、右に違反するようなことがあった場合は、不動産を自由に処分されても異存がないことを承諾した。

③ 昭和四四年八月二四日付の原告作成の委任状(丙第二九号証)

原告が、組合長大崎及び高橋正治を代理人として選任し、原告及び輝子名義の海鹿島町、飯岡町及び波崎町の建物及び土地を売却すること並びに売買代金を受領すること等一切の行為を委任した。ただし、売買金額については組合長及び高橋正治と原告らとの合意に基づくことを原則とするか、合意ができない場合は不動産鑑定士の評価する金額で売却することを承諾するとの記載がある。

④ 昭和四四年九月一一日付の原告作成の確認書(丙第三一号証)

昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二八日までの間、本件組合の預金から三〇九七万九五二五円を流用消費したことを確認し、右三〇九七万九五二五円及び利息九二万九三八五円の合計三一九〇万八九一〇円を、本件組合のためにすでに譲渡担保を設定した固定資産を売却処分した代金から弁済することを確約し、万一固定資産を売却した代金によって完済に至らない場合は、責任をもって弁済にあたることを組合長大崎に対して誓約した。

⑤ 昭和四五年二月一〇日付の原告作成の答申書(丙第二八号証)

昭和四二年三月一日から昭和四四年七月三一日までの間について、本件組合の取引銀行の各口座元帳と原告の取引銀行の各口座元帳に記載されている金額の内より、入金先及び出金先不明分を各元帳から抜き出して一覧表を作成し、銚子警察署長に対して答申した。

⑥ 昭和四五年二月一〇日付の原告作成の答申書(丙第三二号証)

昭和四二年三月一日から昭和四四年七月三一日までの間について、本件組合名義の信漁連、常陽、三菱の各銀行の普通預金口座及び当座預金口座から払い戻し、又は振り替えして原告名義の常陽、三菱、常盤相互銀行、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座及び当座預金口座に入金して流用費消し、又は返金した件について、信漁連、常陽、三菱、常盤相互銀行、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座及び当座預金口座を照合した結果は、別表のとおりであるとして、銚子警察署長に対して答申した。

3  以上の事実を前提に、本件捜査に違法があったかどうかを検討する。

(一)  本件捜査に違法があったかどうかを検討する前提として、まず、香取警察官らが捜査資料として収集した各供述調書、念書、委任状、確認書及び各答申書等について、捜査当時において、どのように評価し得るかを検討することとする。

(1) 大崎、木樽の各供述調書(丙第一、第四号証)

大崎及び木樽の各供述調書によると、同人らは昭和四四年八月四日、原告が組合に就職する際の紹介者である高橋正治から、組合の経理のことで重大な話があるとの報告を受け、原告宅に赴いたところ、原告及び右高橋から、組合振出名義の信漁連宛の小切手二通(額面合計一一五〇万円)が不渡りになりそうな旨を聞かされ、それが端緒となって本件刑事事件が発覚したことが認められるものの、原告の犯したとされる本件各犯行については、「使い込んで申し訳ないと言っていた。」(大崎に対して)、「申し訳ありませんの一点張りだった。」(木樽に対して)の供述があるのみで、犯行そのものについての動機や方法、金額等に関する具体的供述は存しないことが認められる。

他方、前記認定のとおり、当時、田野部長及び香取警察官らは、大崎及び木樽についても本件組合との間にそれぞれ金銭が出入りがあったことから横領の嫌疑を抱いて捜査しており、原告の各供述調書(丙第一一ないし第一四、第二五号証)によると、原告は、田野部長あるいは香取警察官に対し、大崎と木樽は、原告が組合の金と原告自身の金を銀行口座の面で操作し、組合に金がないときに自分の預金から支出していることを知っていた、大崎については、昭和四一年一一月から昭和四四年四月まで合計六回にわたり合計七〇五万円を組合口座から大崎の口座へ振り替え流用した事実がある、大崎は、原告個人から借りたものであると弁解しているが、同人は原告が組合の預金を操作していたことを知っていたのであるから、組合から借りたことを否定できないはずである、また、大崎は、すでに返済していると言っているが、実際は入金されていないので、責任者である原告が自己の使い込み分として計上せざるを得ないのである、また、木樽については、組合が資金ぐりに困ったときに借入れを繰り返していたが、そのことは、木樽に相談してやっていたのである等供述していたことが認められる。このように、原告は、田野部長あるいは香取警察官に対し、大崎及び木樽と原告とが利害相反する立場にあることを供述していた事実が認められ、また、田野部長及び香取警察官も、前記認定のとおり、大崎及び木樽についても原告と共犯関係にあり組合に対する横領罪が成立する疑いがあると考えて捜査を行い、検察官に対し事件を送致した事実が認められる。そして、共犯者間においては互いに責任を転嫁し合うような供述がなされる危険性があること、右のように、大崎及び木樽の供述調書が原告の犯行を直接見聞した内容となっていないことをあわせ考えると、右両名の供述内容を、原告の本件一連の行為が横領罪に該当することを肯認させる有力な証拠と位置付けることは相当でないというべきである。

(2) 念書、委任状及び確認書(丙第二九ないし第三一号証)

念書、委任状及び確認書を総合すると、原告は、被告千葉県の漁政課職員による本件検査の後、昭和四四年九月一一日付をもって組合に宛て、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二八日までの間において、組合の預金から三〇九七万九五二五円を流用消費したことを確認するとともに、同金額とその利息との合計三一九〇万八九一〇円について、組合のために譲渡担保を設定した所有不動産を売却処分した代金から弁済することを確約する旨の確認書を差し入れ、その他これに関する大崎及び高橋宛の委任状及び念書を差し入れたことが認められ、この事実によれば、当時原告が本件組合に対し、三〇九七万九五二五円の「流用消費」を確認し、それについての自己の責任を認め、所有する不動産をもってその補填に充てることを承諾していたことは否定しがたいところである。

しかしながら、さらに、委任状及び念書の作成時期、内容等を子細に検討してみると、それらが作成された同年八月二四日ころは、組合振出の小切手が不渡りとなった直後で、事実関係が錯綜しており、大崎、木樽ら役員を始めとして組合内部も原告自身も相当混乱していた時期であることは想像に難くなく、その文面は、原告が組合の損失について民事上の責任を負う場合の担保として自己及び妻名義の不動産を提供し、そのために以後不動産を勝手に譲渡したりしないことを約したものに止まるものであることからすると、これらの書面について、自己の行為が刑法上横領罪に該当することまでを認めたものと読み取ることには無理があるというべきである。

また、確認書について検討してみると、その文面は、確かに原告が組合の預金から一定額を流用消費したことを確認する旨の内容となってはいるが、その作成時期が同年九月一一日であることからすると、組合内部及び原告自身が未だ混乱していた時期にあったことが容易に想像できる。さらに、その作成経緯については、原告が田野部長に対する供述調書の中で、「確認書は、漁政課の係員が下書を書いた。記載された金額は、漁政課の係員が組合の帳簿や銀行預金元帳等を調べて出したものであり、私が承認したものではなかったが、当時、大勢の組合員が興奮して騒いでおり、使い込んだものを返すのは当たり前等怒鳴っている始末で、書かないでその場から帰れる雰囲気でなかったので、係員のいうままに確認書を書いた。」(丙第二一号証)と供述していることからすると、捜査官としては、この確認書が被告千葉県による本件検査の最中に漁政課職員の下書をもとに作成されたものであること、原告はその中の金額を承認していなかったこと、作成時にはある程度不穏な雰囲気があったことを認識することができたはずである。とするならば、捜査官としては、原告が真意に基づいて自発的にこの確認書を作成したかどうかについては重大な疑問をもって然るべきであったということができる。

以上によると、捜査官としては、これらの念書、委任状及び確認書を、原告が横領罪の成立を認めていたことの有力な証拠として位置付けるのは相当でないというべきである。

(3) 原告の各供述調書及び各答申書(丙第一〇ないし第二五、第二八、第三二号証)

① 「流用」、「費い込み」を認める供述について

原告は、昭和四五年二月六日付の田野部長に対する供述調書(丙第一〇号証)以来、一貫して組合からの金銭の「流用」、「費い込み」を認める供述をしており、答申書(丙第三二号証)には、それを裏付ける旨の記載がある。しかし、その各供述調書を詳細に検討してみると、右最初の供述調書においては、原告が「組合の経理事務一切の責任者であるから、組合関係の不明金等は、一切自分が責任を負うべき性質のものである」(同年二月六日付の原告の田野部長に対する供述調書。丙第一〇号証)旨述べ、以後も「出金先が分からなくとも出納事務の取扱者である私が最終的に責任を負うわけです。」(同年二月一〇日付の原告の田野部長に対する供述調書。丙第一一号証)、「(組合の借入れを独断でしたことについて)事務員の範囲を超えてこのようなことをやって組合に迷惑をかけてしまい申し訳なく思っている。」(同年三月三一日付の原告の香取警察官に対する供述調書。丙第二五号証)というような供述が見受けられ、これらは、どちらかといえば、横領したことについて責任を感じているというよりは、経理係として権限を超えた行為をしたこと、その結果組合財政が破綻したことについて責任を感じている、一人で経理事務を担当していた以上自分が責任を負うしかないという意味合いの供述と受け取れ、これに対して、自己が横領を思い付くに至った経緯や動機、横領の開始時期、当初の横領の形態やその使途などについての具体的供述、そのような悪い動機を抱いたことに対する反省に関する供述がほとんど認められず、また、あるとしても抽象的なものでしかない。

② 貸借である旨の主張の有無について

被告千葉県は、香取警察官が原告に貸借関係の有無を確認したが、原告はそれを明確に否定したと主張している。また、証人香取信好は、当時、原告から貸借であるとの主張はなかったと証言している(この証言は、その後、昭和四一年分については貸借であるとの主張があったとの証言に変わっている。)。

そこで、この点について検討すると、昭和四五年二月一六日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一三号証)には、「昭和四二年一二月一四日に組合の常陽銀行普通預金口座から原告の常陽銀行普通預金口座に七〇万円入金されているが、これは同月一三日に原告が組合に対して貸した金の返済である。」旨の記載があり、昭和四五年二月一七日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一六号証)には、「組合の元帳の残高が四、五万円位のときに、私個人の預金元帳から多額の金が支出されているのは、組合関係の支払に当てたものである。そのことは、組合長や一般組合員がよく知っていて、組合に金がないときは私が自分の預金から支出していることが度々ある。そのように、私は、組合の出納責任者として自分個人の預金を数え切れないほど組合のために使っているわけである。」と、自己から組合の残高不足を解消したこともある旨主張していたことが認められる。また、証人香取信好の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、捜査当時、原告が香取警察官らに対し、当時午後三時前ころになると常陽銀行の担当者である師岡から本件組合の口座に資金が不足しているとの電話連絡があり、そのような場合、原告の口座から出金して本件組合に貸し付けて急場を凌いでいたこと、原告の口座に資金がない場合は木樽の口座から出金していたこと、師岡からも組合資金が不足の場合に金を借りたことがあったこと、組合名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座の元帳(丙第六号証)に記載されている「伊藤氏戻し」、「伊藤氏(返)」、「木樽氏」、「師岡氏」等の記載は師岡が右貸借関係を明らかにするために記載したものであること、このような貸借関係は大崎、木樽も知っていたこと、原告が香取警察官とともに作成した答申書(丙第三二号証)には、「伊藤ヨリ丸海へ」と題した別表(NO6ないし同8)が添付されているが、原告は、そこに記載された金員について自分が組合に対して貸し付けたものであること等を主張していたことが認められる。したがって、原告が捜査時において、捜査官に対し、貸借である旨の主張をしていたことは明らかというべきである。

③ 他の組合員らが原告が組合口座を操作していたことを知っていたかどうかについて。

被告国は、本件において、原告が、何ら所定の手続をとらず組合役員らに秘したまま組合の口座から預金を払い戻し又は自己の口座へ振り替えていたことが明らかであるところ、そのこと自体から、不法領得の意思に基づく横領行為の典型的な外形を有していることが明らかであると主張する。

しかし、昭和四五年二月一〇日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一一号証)には、木樽は原告が組合の金と原告自身の金を銀行口座の面で操作していたことを知っていたが、その都度木樽の承諾を得ていたわけではない旨の供述が、同月一三日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一二号証)には、当時組合長は原告が組合の預金を操作していることを知っていた旨の供述が、同月一七日付の原告の田野部長に対する供述調書(丙第一六号証)には、組合の元帳の残高が四、五万円位のときに、原告個人の預金元帳から多額の金が支出されているのは、組合関係の支払に当てたものであり、そのことは組合長や一般組合員がよく知っていて、組合に金がないときは原告がその預金から支出していることが度々ある、そのように、組合の出納責任者として原告個人の預金を数え切れないほど組合のために使った、組合幹部や一般組合員は原告が個人の預金を持っていることを十分承知していて都合のよいときだけ原告を利用していたとも考えられるとの供述が存在することからすると、捜査段階において、原告が組合役員らに秘したまま組合の口座から預金を払い戻し又は自己の口座へ振り替えていたことが明らかであったとはいえず、したがって、原告の行為が不法領得の意思に基づく横領行為の典型的な外形を有していたともいうことはできない。

④ 以上によると、確かに、右各供述調書及び各答申書の中では、「流用」、「費い込み」等の文言が頻繁に使用されており、各答申書(丙第二八、第三二号証)添付の各別表は、昭和四五年二月ころ、原告が被疑者としての取調べを受けている最中に、自ら銀行元帳に当たり香取警察官とともに作成したものであること、原告が主張するように貸したものの返済を受けただけであれば、右のような文言を使うことは通常考えられないことからすると、右各文言を原告が横領行為を認めていたことの証左と位置付けることもあながち不可能ではない。しかしながら、原告の各供述調書及び答申書(丙第三二号証)におけるそれらの文言は、「組合から原告への出金」と同義に使用されていると認められること、また、先に検討したように、一人で経理事務を担当していた以上結局自分が責任を負うしかないという趣旨の供述が随所に見られること、原告から貸借である旨の主張があり、後に検討するように、銀行元帳に記載された各文言を総合すると、原告が組合へ資金を貸し付け、それに対して組合が原告に返済したものと解するのが自然であると思われること、それに沿うように見える「伊藤氏戻し」、「伊藤氏(返)」、「木樽氏」、「師岡氏」、「海へ」、「海より」等の記載が銀行元帳(丙第六、第七号証)に存在したこと、答申書(丙第三二号証)には、右貸借の主張を裏付けるものとして別表NO6ないし同8の「伊藤ヨリ丸海へ」が添付されていたこと、原告の各供述調書の中には、大崎、木樽らが原告の行為を黙認していたのではないかとの疑いを生ぜしめる供述がみられること等を考慮するならば、原告が右「流用」、「費い込み」等の文言を刑法上の「横領」に該当すると正しく認識して使用していたかどうかについては疑問があり、また、原告の行為が不法領得の意思に基づく横領行為の典型的外形であるともいえないと解される。

(4) その他の証拠(先に検討した原告の供述調書の一部を含む。)

当事者間の争いのない事実、甲第四二号証、乙第一、第五、第一〇、第一一、第一四、第一五号証の一ないし二四、第一六号証の一ないし二〇、第二一号証の一ないし七、第二二ないし第二五号証、丙第一、第一〇、第一四、第二二、第二四、第二五、第三二号証、証人香取信好の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

① 本件組合の資産、収支関係

ア 田野部長らは、捜査当時、組合の決算報告書、議事録、原告作成の各答申書、関係者に対する事情聴取の結果等を総合し、組合の預金として、常陽銀行銚子支店、三菱銀行銚子支店、信漁連銚子支所に、定期、当座、普通各預金口座を、銚子信用金庫に当座預金口座を有しており、昭和四三年度決算の際の預金合計額は帳簿上二〇八〇万三八九〇円であるが、そのほとんどの部分は定期預金あるいは定期積金で占められており、これらの定期預金、積金は、各銀行からの借入れの際、銀行から要求されて預金するなどの担保的なものであって、組合が自由に取り崩して使用し得る状態にあるものではなかったこと、長期の借入金として、信漁連からの転貸資金名下のものがあった外、昭和三七年の冷蔵庫建設の資金として農林漁業公庫から借り入れた一〇四〇万円(毎年元利計一一五万円均等払い)があり、さらに、各銀行から借入れを多数回にわたって受けており、昭和四四年八月ころには、その長短期合計借入金残金額は、三〇〇〇万円を超えていたこと、組合収入の主なものは、冷蔵庫による凍結、保管料(年間約四〇〇万円程度)であり、その他出荷(販売)手数料(売上金の約一パーセント)、組合費等であったこと、組合の支出は、原告ら職員の給与、光熱費、冷蔵庫建設資金借入金、各種保険料その他諸雑費であったが、その他に毎年増大する銀行からの借入金に対する支払利息が、昭和四二年度でも三二八万円程度、昭和四三年度には三七五万円程度はあり、支出の部門で大きな割合を占めていたこと、昭和四二年度に三二五万三〇〇〇円、昭和四三年度に四七二万円、昭和四四年度に五三七万八〇〇〇円の欠損金があったこと、さらに冷蔵庫建設にかかわるものとして五二一万円の設備欠損金があったこと、昭和四三年度の決算表は粉飾されたものであって、概ね経費が半分に圧縮されていたこと等を把握した。決算表の粉飾については、他の組合員らから事情を聴取したものの、具体的な供述は得られなかった。

イ 田野部長らは、これらの捜査の結果、本件組合は、各会計年度毎に赤字を出していたものの、昭和四一年ころまでの赤字はそれほど大きくはなかったと判断した。その後は、赤字が増大していったが、その原因としては、組合の借入金の支払利息が年々増大していったこと、信漁連から借り入れた転貸資金がその目的を離れて組合自身の運転資金として運用されてしまったこと、その結果、組合がその分の利息を負担せざるを得なくなったこと、組合員が利益の上がる品物については組合を通さずに出荷するようになり、組合の手数料収入自体が減少したこと、保証人の信用によっては金融機関から融資を受けられなくなり、無理をしてでも定期預金を積まざるを得なくなっていったこと等があったのではないかと考えた。他方、本件組合の七分金制度については、五〇〇万円程度の借入れを起こせば対応でき、組合の赤字増大の主たる原因ではないと判断した。

ウ さらに、田野部長らは、組合の借入金が非常に多いことに不審を抱き、他の組合員らから事情を聴取したところ、組合においては借入れを起こす場合には、組合総会の承認を得ることになっていたが、借入金の中には組合総会の承認を得ていないものがあるらしいこと、組合員らは手形を書き替える際に原告の依頼に応じて印鑑を押したが、組合員らには借入れの目的が知らされていなかったようであること等の事実が判明した。

エ また、田野部長らは、組合長大崎及び会計担当理事木樽は、それぞれ別に水産加工業を営んでいて忙しく、一日に一回不定時に顔を出す程度で、原告に対して日常的に具体的支持を与えることはなかったこと、そのため、本件組合の会計、経理事務における実質的な意思決定は、ほとんど原告によって処理されていたこと、組合の通帳、小切手帳及び印鑑は、原告あるいは女子事務員が組合長宅へ取りに行き、昼間は帳簿等とともにロッカー内に保管され、その出し入れは大体原告が行っており、夕方再び組合長宅へ届けられていたこと等を把握した。

② 原告の資産、収支関係

田野部長らは、捜査当時、原告及び輝子の固定資産は、輝子が昭和三四年に贈与により取得した茨城県鹿島郡波崎町内の居宅を改造したアパート一棟、昭和四一年二月ころ同町内に輝子名義で建築したアパート二棟、昭和四二年一月ころ同町内に輝子名義で購入した土地、翌二月ころ右土地上に輝子名義で建築したアパート一棟、同年六月ころ千葉県海上郡飯岡町内に購入した土地、同じころ右土地上に建築したモーテル(取得ないし建築費用合計一一九〇万円)、昭和四三年六月ころ千葉県銚子市海鹿島町内に購入した土地、昭和四四年三月ころ右土地上に建築した貸別荘兼自宅(取得ないし建築費用合計一一五〇万円)であったこと(これらの不動産の時価見積合計額は約五六〇〇万円であった。)、流動資産は、三菱銀行銚子支店、銚子信用金庫波崎支店、常盤相互銀行銚子支店の普通、定期、当座各預金合計約二四〇〇万円であったこと、預金のほとんどを占める定期預金、定期積金は、原告の借入金の担保となるもので、事実上自由に解約して使用することは困難であったこと、また、原告は、大崎が昭和三九年に大崎水産加工株式会社を設立した際、その資本の半額を投資し、個人的にも相当の金額を同人に貸し付けていたこと、原告の負債は、昭和四四年九月ころまでで前記各銀行からの借入金残金合計約五三〇〇万円であったこと、原告は、波崎町の土地購入、アパート建築の際、常盤相互銀行から合計約七〇〇万円、飯岡町の土地購入、モーテル建築の際、銚子信用金庫から五〇〇万円、常盤相互銀行から八〇〇万円、海鹿島町別荘建設の際、常盤相互銀行から三〇〇万円、常陽銀行から八〇〇万円程度の借入れをしており、ほかにも短期の少額な借入れもあったこと、原告の収入は、組合からの給与(昭和三六年当時月額一万円、その後漸増し、昭和四四年当時月額約四万円及び交通費二〇〇〇円程度)、アパート、モーテルの収益であるが、これらは、昭和四二年は五四一万二〇〇〇円、昭和四三年は八四一万二〇〇〇円、昭和四四年一月から八月まで四八九万円であり、昭和四二年までは毎月約四五万円、昭和四三年以後は毎月約七〇万円ないし七五万円の収益を上げていたこと、支出は、人件費、アパート、モーテルの光熱費、借入金の利息の支払い等であるが、これら各支出を除くと、昭和四二年は二三四万八八八一円、昭和四三年は三一二万八九〇〇円、昭和四四年は一一二万五〇〇〇円の利益があったこと、右利益から生活費(月一〇万円)、保険料、月掛積立預金等を除くと、昭和四二年は二七二万六一一九円、昭和四三年は五一一万五一〇〇円、昭和四四年は三一九万五〇〇〇円の欠損金が生じていたこと、帳簿上では各年別に欠損金を計上してあるが、原告としては、月掛積立預金を除けば生活費には十分余裕があったと考えていたことを把握していた。

③ 右各事実からすると、原告は、昭和四二年一月以降昭和四四年三月までの間に、波崎町、飯岡町及び海鹿島町の三か所に土地を購入し、右土地上にアパート、モーテル及び貸別荘兼自宅を建築しており、その資金として約三〇〇〇万円を要し、そのために各金融機関から三〇〇〇万円以上の借入れを行ったこと、右時期は、本件刑事事件において犯罪が成立するのではないかと疑われた時期とほぼ重なること、右時期における原告の収支状態は、決して楽観できる状態ではなく、月々の定期預金の積立や支払利息等の状況を考慮すると、むしろ資金的には苦しい状況にあったとみられること、本件組合の会計の管理、決算等においては不透明な部分があったこと、組合の会計事務は原告が一人で行っており、印鑑等の保管にも杜撰な点があったこと等が認められ、これらの事情を総合すると、田野部長らが、原告について、組合の資金を横領する動機があり、原告について横領罪を犯し得たのではないかと嫌疑を抱いたことには一応の合理性があったというべきである。しかしながら、他方で、右時期における組合の収支においても年々赤字が増大しており、田村部長らは、その原因を一応把握していたものの、未だ解明するには至っておらず、さらに慎重にその原因を究明すべきであったこと、また、前に認定したように、原告は員外理事に就任したことにより本件組合の全債務を保証する立場にあったのであるから、そうすると、自己の財産をつぎ込んでまでも組合の不渡りの事態を防止する動機があったと一応考え得ること等からすると、これらの点については、なお慎重な捜査が望まれる事案であったということができる。なお、右の動機に関する点については、差戻後の第一審である千葉地方裁判所八日市場支部の判決においても、原告が何故単なる経理係の員外理事にありながらたびたび組合に貸付をなしたのか、私財を整理してまで組合の小切手の不渡りを防止し、赤字を補填しようとしたのかの点については重大な疑問が残る旨判示されていることからも明らかなように、本件刑事事件における大きな争点の一つであったにもかかわらず、容易に解明されなかった点であることが窺われる。しかしながら、横領罪のような財産犯について捜査をしていく過程においては、犯罪の動機にかかわる事実関係についての捜査、すなわち、本件についていえば、組合の財産、収支関係、同じく原告の財産、収支関係、さらに、原告が組合に対して経済的にどのような立場に立っていたかは、非常に重要な捜査の対象となると思われるところ、本件においては、警察における捜査段階において、原告に対する取調べはもちろん、原告以外の組合員等その周辺事情を知ると思われる者に対する事情聴取が行われながら、なぜこの点が容易に解明されなかったのかは問題を残すところである。

(5) 以上の検討の結果を総合すると、大崎、木樽の各供述調書、原告作成の委任状、念書、確認書、原告の各供述調書及び各答申書の記載のみでは、原告について横領罪が成立するかどうか、すなわち、検察官が公訴を提起するかどうかを判定するための資料としては十分であるとはいえないというべきである。すなわち、前に検討したように、原告は、香取警察官らに対して貸借であるとの主張をしていたものであるが、銀行元帳(丙第六、第七号証)には、「伊藤氏戻し」、「伊藤氏(返)」、「木樽氏、「師岡氏」、「海へ」、「海より」等の右主張を裏付けるような記載があったこと、後に検討するように、それらの記載は、客観的に、原告が組合に対して金銭を貸し付け、原告が組合からその返済を受けたものと解することができること、香取警察官らは、組合の資金繰りが昭和四二年以降苦しくなっていったと認識していたこと、原告は、組合の員外理事に就任したことにより組合の全債務を保証する立場に立っていたこと等からすると、原告の貸借であるとの主張は、直ちに不合理なものと排斥できるものではなかったというべきである。そして、前に検討したように、原告の各供述調書、確認書及び答申書中の「流用」、「費い込み」等の文言を原告が横領行為を認めていたとの証拠として位置付けることはできないことからすると、本件刑事事件を単純な自白事件と位置付けることはできず、捜査機関としては、なおさらに、原告について横領罪が成立するか否かについての証拠、特に、原告の弁解を否定する証拠が存在するかどうかについて、相応の十分な捜査を行うことが要求される事案であったということができる。そこで、次に、捜査機関に捜査の懈怠があったかどうかの点について検討することとする。

(二)  捜査の懈怠の有無

(1) 組合と原告間の入出金関係についての捜査

① 組合からの不明出金について

答申書(丙第二八号証)添付別表NO1記載のとおり、捜査当時、三菱銀行当座預金口座から三四一万円、常陽銀行から一二五万六〇〇〇円、信漁連から二一四万五〇〇〇円、合計六八一万一〇〇〇円の不明出金の存在が判明していた。この点について、証人香取信好は、当時、組合の小切手の振出及び現金の取扱いは、原告が全て行っていたこと及び小切手の控えに組合の常陽銀行の口座へ振り替える旨の記載がされていたにもかかわらず、現金で引き出されていて組合の常陽銀行の口座へも組合員へも支払われていないことからすると、どこへ行ったかは分からないが、原告が預かったものであろうことは客観的に分かった、そして、その旨の原告の供述もあり、本件刑事事件は自白事件であったことを強調し、裏付捜査の必要がなかったと証言する。確かに、本件においては、組合振出の小切手に組合の常陽銀行へ振り替える旨の記載があるにもかかわらず、組合の右銀行への入金の事実が銀行元帳上明らかとならない場合があったことが認められ、その場合の不明出金を使用した旨の原告の供述も存在する。しかしながら、これら不明出金についての原告の供述は、「組合の口座に入金されていなければ、私が現金にして使用してしまったと思う。私が使ったとしか考えられない。」(昭和四五年二月二三日付原告の香取警察官に対する供述調書。丙第一八号証)、「出金先が分からなくとも出納事務の取扱者である私が最終的に責任を負うわけです。」(同月一〇日付の原告の田野部長に対する供述調書。丙第一一号証)というように、銀行元帳等を突き合わせても不明だった以上、包括的に自分が使ったことにするしかないという推測に基づくものが存在するだけである。前に検討したように、原告の各供述調書中には、「費消」、「費い込み」等の文言があるが、それらが刑法上の「横領」と同義に理解したうえで使われているかについては疑問があり、本件を単純な自白事件と位置付けることはできず、慎重な検討が望まれる事案であったこと、さらに、原告は、不明出金について、「組合員が前借り(七分金)した場合、組合員に対して小切手を切ったところ、印鑑を持参しなかった組合員から組合の裏判を押してくれと頼まれ、何回か小切手の裏に組合の印鑑を押してやった記憶があるので、それかもしれない。」(同月一〇日の原告の田野部長に対する供述調書。丙第一一号証)と合理的な弁解と採ることが十分可能な供述をしていること、実際にも、捜査の過程において、仮払元帳の存在が明らかとなり、組合員個人への支払であったことや(同月一三日付の原告の田野部長に対する供述調書。丙第一二号証、同月二三日付の原告の香取警察官に対する供述調書。丙第一八号証)、取引先への支払であったこと(同月一六日付原告の田野部長に対する供述調書。丙第一三号証)、大崎への送金であったこと(同月一三日付の原告の田野部長に対する供述調書。丙第一二号証・同月一六日付の原告の田野部長に対する供述調書。丙第一三号証・同日付の原告の田野部長に対する供述調書。丙第一四号証)が判明し、答申書(丙第三二号証)添付別表NO1、同2がそれぞれ同1―1、同2―1にそれぞれ訂正されていること等を考慮すると、他の手段による裏付捜査が可能であったといえ、捜査当時組合から各種帳簿が紛失しており資料が限定されていたという事情があったとしても、右のような原告の供述のみでは、当該不明出金分が原告の横領行為によるものであるかどうか、公訴を提起することができるかどうかを判定するための資料として十分であるということはできず、捜査官としては、さらに他の裏付捜査をすべきであったということができる。

② 組合への不明入金について

答申書(丙第二八号証)添付別表NO2によると、捜査当時、常陽銀行普通預金口座へ一五四八万七二七五円、三菱銀行当座預金口座へ五六七万円、信漁連普通預金口座へ三三九万円、合計二四五四万七二七五円の不明入金の存在が判明していた。これらの不明入金についての原告の供述は、「組合の元帳がないのではっきり分からないが、私の各銀行の出金と組合の入金等を突き合わせて残った金額であるので、私個人から返済したものではないと思う。」(昭和四五年二月二三日付の原告の香取警察官に対する供述調書。丙第一九号証)等抽象的なもので、具体的根拠に乏しいものであり、これらの供述のみによっては、組合への不明入金が原告によるものであった可能性を否定することには無理があるというべきである。

さらに、丙第二〇号証、証人香取の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告が香取警察官に対して銚子信用金庫飯岡支店の口座の存在を示唆し、同口座には飯岡町のモーテルの売上を現金で入金していたので元帳等を取り寄せてほしい、そうすれば、原告が現金を組合口座に入金した事実が明らかとなる旨主張していたことが認められる。他方、証人香取信好は、銚子信用金庫飯岡支店から元帳等を取り寄せなかったことの理由として、原告から申出があったころは、すでに組合と原告との間の入出金状況の突き合わせはほぼ終了していたこと、原告は、右口座へ入金していたのはモーテルの売上金であり、それを払い戻して現金にして自分の常陽銀行や常盤相互銀行の口座に入金して使っていたと供述していたことから、同支店への照会、取り寄せは必要ないと判断したと証言している。

しかしながら、本件では、前に検討したように、原告から貸借である旨の主張がされており、仮に組合への不明入金が原告によるものであることが判明すれば、横領罪の成立が否定される可能性があったこと、原告名義の常陽銀行銚子支店の当座預金口座元帳(丙第七号証)及び同じく原告名義の常盤相互銀行銚子支店の当座預金口座元帳(丙第九号証)には、「飯信」、「飯岡信金」等の書き込みがされているものがあり、証人香取信好は、右書き込み部分について、捜査当時原告が書き込んだものであると証言しており、答申書(丙第二八号証)添付別表NO3には、同支店の当座口座から八四万円の不明出金があったと記載されていたこと、銀行への捜査事項照会の手続は容易であること等からすると、原告の弁解の真偽を確認するため、同支店へ原告の口座の有無の照会をし、口座があった場合には元帳を取り寄せるべきであったということができる。

③ 原告からの不明出金及び原告への不明入金について

答申書(丙第二八号証)添付別表NO3によると、原告名義の常陽銀行の普通預金口座から四三九万円、常陽銀行の当座預金口座から一〇八万円、常盤相互銀行の当座預金口座から七八五万円、常盤相互銀行の普通預金口座から五二二万七三〇〇円、銚子信用金庫飯岡支店の当座預金から八四万円、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座から四五五万三〇〇〇円、三菱銀行の普通預金口座から三〇五万円、合計二六九九万〇三〇〇円の不明出金の存在が判明していた。これらの不明出金についての原告の供述は、いずれも「組合の各銀行口座の入金と突き合わせてみたが、どこにも入金がないので、私が現金にして何かの支払や銀行移し等に使用したものと思う。」、「これらは、アパートの建設資金や旅館の建設資金、借入金の返済、利息の支払、その他各種の支払等に使用したものと思う。ただ、組合の各銀行に入金がないので、組合に弁済した金額等ではないことははっきりしているので、私が使用したものと思う。」(昭和四五年二月二三日付原告の香取警察官に対する供述調書。丙第二〇号証)という抽象的なものである。

また、答申書(丙第二八号証)添付別表NO4によると、当時、原告名義の常陽銀行の普通預金口座に七八六万六〇〇〇円、常陽銀行の当座預金口座に三五五万円、常盤相互銀行の普通預金口座に一一八五万円、常盤相互銀行の当座預金口座に四五四万五〇〇〇円、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座に五〇〇万五〇〇〇円、合計三二八一万六〇〇〇円の不明入金の存在が判明していた。この不明入金についての原告の供述も、「これらの金額の中には、組合の不明出金や波崎町のアパートの収入や銀行移し、友人等に貸した金の返済があるが、この他に組合員が現金等で組合に納入した分が多少入っているのではないかと思うが、はっきりした額は分からない。不明入金のなかには、組合の不明出金等が含まれていることは間違いないが、はっきりした金額については分からない。」(同月二三日付原告の香取警察官に対する供述調書。丙第二〇号証)という抽象的なものである。そして、本件においては、これらの原告の不明出金及び原告への不明入金について、他の裏付捜査が行われた形跡は見当たらない。

そこで、これらの点について捜査の懈怠があったかどうかを検討するに、原告への不明入金及び原告からの不明出金については、まさに原告自身から事情を聴かなければ判明しない事柄であるところ、原告自らが記憶を喚起しながら各銀行元帳に当たり、各記載を突き合わせた結果残った不明出金及び不明入金について、原告が右のような抽象的な供述しかしない場合において、さらにそれ以上の裏付捜査を行わなければならないかどうかは問題である。しかし、他方で、原告の供述は、不明出金については、アパートの建設資金、旅館の建設資金、借入金の返済、利息の支払い及びその他の支払いに充てたものであると出金先を一応特定してなされていること、不明入金については、波崎町のアパートの収入、銀行移し、友人等に貸した金の返済であると入金元を一応特定してなされていること、前に検討したとおり、原告から貸借である旨の主張があり、それを不合理な弁解として直ちに排斥することはできなかった状況にあったことからすると、捜査官としては、右原告の主張する出金先、入金元については一応捜査すべきであったということができる。

④ 原告の入出金と組合の入出金についての前後関係について

本件においては、前に検討したとおり、原告から貸借である旨の主張があり、それを不合理な弁解として直ちに排斥することはできなかった状況にあったものということができる。とするならば、原告から組合へ貸したものについて原告が返済を受けたという関係であるのか、原告が組合の資金を使い込んだものについて弁償したという関係であるのかについては、原告と組合との間の入出金について、資金の流れの当初に遡らなければ、実態は解明されない状況にあったということができる。そして、本件組合による告訴状には、「昭和四〇年ころから昭和四四年七月三一日まで」の間の横領行為が記載されていたこと、当時、組合名義の三菱銀行銚子支店の普通預金元帳(乙第三二、丙第五号証)、当座勘定元帳(乙第三三号証)、手形貸付元帳(丙第五号証)、積立定期預金元帳(丙第五号証)、組合名義の常陽銀行銚子支店の普通預金元帳(乙第二八号証、丙第六号証)、当座勘定元帳(乙第二九号証)、組合名義の信漁連銚子支店の普通貯金台帳(乙第三〇号証)、当座貯金台帳(丙第八号証)、貸付金元帳(乙第三一号証の一、二)、原告名義の常盤相互銀行の普通預金元帳(丙第九号証)、定期積立元帳(丙第九号証)、当座勘定元帳(丙第九号証)、原告名義の常陽銀行銚子支店の手形貸付元帳(乙第三八号証の一、二)、原告名義の三菱銀行銚子支店の普通預金元帳(乙第一七号証)、当座勘定元帳(乙第一七号証)、積立定期預金元帳(乙第一七号証)、積立定期預金元帳(乙第一七号証)、手形貸付元帳(乙第一七号証)、輝子名義の常盤相互銀行銚子支店の普通預金元帳(丙第九号証)の昭和四二年以前の各元帳が香取警察官らの手元に収集されて存在したこと等を合わせ考慮すれば、原告と組合との間の入出金について、資金の流れの当初に遡って捜査すべきであったということができる。

ところで、この点について、証人香取信好は、昭和四〇年以前の分についても捜査し、昭和四一年分については、組合から原告への資金の流れと原告から組合への資金の流れの差がプラスマイナスゼロであるから貸借であるとの結論に達し、犯罪が成立しないと判断したと証言している。ところで、仮に、捜査機関が、先に述べたように、原告から組合へ貸したものについて原告が返済を受けたという関係であるのか、原告が組合の資金を使い込んだものについて弁償したという関係であるのかについては、資金の流れの当初に遡らなければ解明されない状況にあったことを理解し、かつ、そのような視点を持って捜査したのであれば、通常、その点に関する何らかの客観的な証拠を残したはずであろうと思われる。しかしながら、本件においては、各答申書(丙第二八、第三二号証)には、昭和四二年以降についての記載しかなく、他のこの点に関する証拠は見当たらない。また、捜査機関が右のような視点を持っていたのであれば、昭和四一年分についてのみ独立しで取り上げ、その分については、組合から原告への資金の流れと原告から組合への資金の流れの差がプラスマイナスゼロであるから貸借であって、犯罪が成立しないと判断することもないのではないかと思われる。そして、他方で、警察から事件の送致を受けた検察官である証人田村實は、公訴提起の対象とした昭和四二年三月一八日以前の入出金関係については捜査しなかったと明確に証言していること、原告本人も、警察での取調べにおいて、昭和四二年三月ころ以降の銀行元帳しか見せられなかったと供述していることからすると、昭和四〇年分以前についても捜査をしたとの証人香取信好の証言は、容易に信用することができない。したがって、この点について、警察における捜査には、懈怠があったといわなければならない。

(2) 原告の使途先についての捜査

使途先についての原告の供述は、単に「使途不明です。」(昭和四五年二月一六日付原告の田野部長に対する供述調書。丙第一三号証)、「何に使ったか判りません。」(同日付原告の田野部長に対する供述調書。丙第一四号証)、「旅館、アパート、住宅新築等の必要経費や銀行の借入金の利息の支払等に当てた」(同月一〇日付原告の田野部長に対する供述調書。丙第一一号証)、「これらの金の使途についてはこまかくは判りません。私の個人の借入れの利息だけでも八〇〇万円位はあるので、利息の支払や返済の一部に補充したりしてしまったのです」(同月二三日付原告の香取警察官に対する供述調書。丙第一八号証)というもので、いずれも抽象的なものである。そして、証人香取信好は、原告の使途先について、原告の当座預金の支払状況、支出状況を見れば分かった、あるいは、原告自身、小切手の耳を見ながら三菱銀行銚子支店の元帳の摘要欄に使途先を記入した等証言している。そして、右元帳(丙第五号証)には、右証言を裏付ける旨の記載も存する。しかしながら、原告が記入したとされる使途先について、それを具体的に裏付ける旨の捜査が行われた形跡は窺われない。

ところで、横領罪が成立するかどうか、特に、不法領得の意思があったかどうかを判断するうえで、取得したとされる財物をどのように費消したかは重要な意味を有すること、原告は使途先として、旅館、アパート、住宅新築等の必要経費、銀行の借入金の支払等一応特定して供述していること、前に検討したとおり、原告から貸借である旨の主張があり、それを不合理な弁解として直ちに排斥することはできなかった状況にあったことを合わせ考慮すると、本件においては、原告の使途先について裏付捜査を行うべきであったということができる。

(3) 貸借の主張に対する捜査

① 被告千葉県は、原告が自白しており、また、金員の流れ自体は銀行元帳等の突き合わせで十分解明されていたから、当時の常陽銀行銚子支店の行員である師岡を取調べなくとも非難するに当たらないと反論している。そこで、この点について検討するに、丙第六号証、証人香取信好の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

すなわち、原告は、当時、香取警察官らに対し、組合名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第六号証)の「伊藤氏戻し」、「伊藤氏(返)」、「師岡氏」等の記載を示したうえで、師岡を調べてほしい、同人から事情を聴いてもらえば貸借であることがはっきりする、組合の資金が不足したときに師岡から金を借りたこともある旨の説明をしていたこと、そして、原告の右主張に対し、香取警察官らは、借用書、あるいは、総会議事録への記載があれば貸借と認められるが、それがない限り貸借とは認められない、公金が個人のところへ流れれば横領となる等反駁していたこと、香取警察官らは、答申書(丙第三二号証)添付別表NO6ないし同8を原告が横領したものに対する弁償を記載したものと位置付け、銀行元帳の記載は、原告の指示によって銀行員が帳簿に記載しただけであって、銀行口座の出し入れは、元帳の記載を見れば分かるので、あえて銀行員から聞く必要がないと判断し、常陽銀行に対し一応問い合わせたところ、師岡が普通預金担当係でないことが判明したため調べる必要がないと判断したことが認められる。そして、これらの捜査の背景には、答申書(丙第三二号証)添付別表NO1、同1―1の記載からも明らかなように、原告から組合への入金を組合から原告への出金との差額との関係において位置付け、両者の間に差額が出れば横領罪が成立する、すなわち、組合と原告との間に原告が主張するような関係があったとしても、組合の資金が原告の方へ多く流れていれば横領罪が成立するという考え方が存在していたことが認められる。

② しかしながら、他方で、証人香取信好は、原告名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第七号証)に押印されている「交換後」の印の意味を当時常陽銀行に対して問い合わせたこと及び師岡についてどのような係を担当していたかについて問い合わせたことを証言しており、また、その後各記号の意味を各銀行に対して問い合わせた証拠(乙第四一ないし第四七号証)が多数提出されていること等からすると、銀行の元帳の記載のみによって金員の流れを解明することができたとの弁解には無理があるといわなければならない。そして、組合名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第六号証)には、「伊藤氏戻し」、「伊藤氏(返)」等の記載が存在し、これらの記載は、原告の預金口座から出金する場合ではなく、組合の預金口座から出金される場合になされており、また、原告名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第七号証)には、原告の預金口座から出金される場合には、「海へ」、原告の預金口座へ入金となる場合には、「海より」との記載がそれぞれなされていることからすると、これらの記載は、原告が組合へ資金を貸し、それに対する返済を受けたことを示すものと解するのが自然であると思われること、また、原告と組合との間には多数回にわたって入出金の関係が存在したことからすると、それらの記載のない場合についても同様な関係が存在したのではないかとの疑いが生じて然るべきであること(現に、証人香取信好は、昭和四一年分については、組合と原告との間に貸借関係が存在したものと判断したと証言している。)、組合名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第六号証)には、「師岡氏より」「師岡氏(返)」等の記載が存在したところ、証人香取信好は、当時その記載を見て認識しており、組合資金が不足していた場合に銀行員である師岡から金を借りていたこともあったと判断していたと証言しているが、銀行員から金の融通を受けるということは通常では考えにくい事態であること、後に検討するように、貸借の主張の真偽によっては、横領罪が成立するかどうかの判断が分岐することになること、本件刑事事件は在宅事件であって勾留期間等の時間的制約もなかったこと等を総合考慮すると、原告の貸借である旨の主張が真実であるかどうかを判断するためには師岡から事情を聴取することが必要であったというべきである。

4  以上の検討の結果を総合すると、本件捜査には、原告と組合の入出金関係についての捜査、原告の使途先についての捜査及び貸借の主張に対する捜査の各点において、事案の性質上当然なすべき捜査を怠った過失があり、違法であったといわざるを得ないところ、右違法行為は、被告千葉県の公権力の行使に当たる公務員である警察官がその職務を行うに当たってなしたものであることは明らかであるから、被告千葉県は、右違法行為によって原告に生じた損害を賠償する義務がある。

五  請求原因5(被告国の責任・検察官の公訴提起及び公訴追行の違法性)について

1  公訴提起の違法性について

(一) 刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに検察官の公訴提起行為が違法となるということはない。なぜなら、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり起訴時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当だからである(最高裁昭和四九年(オ)第四一九号同五三年一〇月二〇日判決民集三二巻七号一三六七頁参照)。したがって、検察官による公訴の提起行為が違法であるというためには、公訴の提起時において、公訴事実について証拠上合理的な疑いがあり、有罪判決を得る客観的合理的可能性が極めて乏しかったにもかかわらず、検察官として事案の性質上当然なすべき捜査を怠り又は収集された証拠についての判断・評価を誤るなどの合理性を欠く過誤により、これを看過して公訴の提起をした場合であることを要するものと解するのが相当である。

原告は、かかる意味において本件公訴の提起は違法である旨主張するので、以下、田村検察官による本件公訴の提起が違法なものといえるかどうかについて判断する。

(二)  当事者間に争いのない事実、甲第二、乙第五、第一一、第一七、第一八、第二八ないし第三〇、第三一号証の一、二、第三二、第三三、第四九号証、丙第一ないし第三二号証、証人香取信好の証言、証人田村實の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 本件刑事事件は、昭和四五年七月ころ、千葉地方検察庁八日市場支部へ送致され、田村検察官が捜査を担当することになった。田村検察官は、銚子警察署から送致を受けた一件記録を検討し、後記(2)のとおり、大崎の供述調書二通及び原告の供述調書二通を作成した。田村検察官が原告を取り調べるのに要した期間は、延べ四ないし五日間ほどであった。

(2) 収集捜査資料

① 前記四2(三)(1)①ないし⑮、同(2)①ないし⑱、同(3)①ないし⑥

② 供述調書

ア 昭和四五年一一月一六日付の大崎の田村検察官に対する供述調書

(丙第二号証)

本件組合の活動内容、原告が本件組合に就職し、員外理事に就任するに至った経緯、アパートやモーテルの建築資金は、妻の実家と銀行からの借入金であると聞いていたこと、貸別荘の建築資金も借入金であると聞いていたこと、銀行からの融資を一五〇〇万円に拡げてもらったと言っていたこと、昭和四四年八月四日に原告から本件について告白されたときの状況(組合の金を不足させたのは申し訳ない、原告がやっていたので原告の責任ですというばかりで、自己が使い込みをしたとか、どうして足りなくなってきたか、また、いくら足りないのかはっきり言わなかった、どうして使い込んだのかと聞いたら、人の名義を使って引き出したようなことを言っていた、そして、自己の土地建物の権利証を出して、これを担保にして大崎や木樽に金を借りて何とかしてもらいたいと言ってきた、それを断ると、それなら土地建物を処分して穴埋めに使ってくれと言ってきた、それで、印鑑や権利証を預かった。)、そして、木樽が組合と取引のある銀行から預金残高証明書を取ったり、元帳の写しを取って調べたりしたところ、三月の決算報告と借入残高が違っていたことが判明したこと、八月一七日の総会で事のあらましを話し、県の漁政課にもう一度監査してもらおうということになったこと、監査の結果を受けて原告を告訴するに至った経緯、原告の土地建物を売却してその代金を使い込んだ分の補填に充てたこと、原告の使い込みの方法は、組合の銀行から勝手に小切手で現金を引き出したり、自分の口座へ振込んだり、組合員の信漁連への返済金を現金のまま使い込んだりというものであったこと、大崎の印鑑やゴム印を利用して小切手を振り出していたこと、印鑑や小切手帳等は大崎の家に置いてあったが、原告が出勤後取りに来て夕方帰宅するころに返還するようになっていたこと、三菱銀行や常陽銀行から運転資金の借入れをするには、少なくとも役員全員の承諾が必要であるが、勝手に承諾を得ないで借りたものもあったこと、組合の収支関係等を述べている。

イ 昭和四五年一二月一〇日付の大崎の田村検察官に対する供述調書(丙第三号証)

本件組合の設立経緯、組合員の構成、原告が員外理事に就任した経緯、本件告訴後の捜査の結果、原告が使い込んだ金の中には大崎に融通していた分も含まれていたことが判明し、大崎も原告と一緒に組合の金を使い込んだのではないかということで調べを受けたこと、大崎と原告との間には昭和四二年五月から昭和四四年七月まで二四、五回の金銭の貸し借りがあり、原告はそのうちの六回分合計七〇五万円については組合の金を回した、そのことは大崎も知っていたと言っているが、同人としては、すべて原告個人から借りたと思っていたこと、原告から借りた分はすべて小切手で返済しており、最後には大崎の方が原告に対し八〇万円貸し越しになっていたこと、昭和四五年五月以降は原告も金繰りに苦しかったのか手形の決済ができずにいたため大崎の方が貸すようになったこと、その際の賃借期間は一日か二日であったこと、原告は大崎から支払いのため金を回してくれと言われて仕方なく個人帳に架空に入金し、組合の預金口座から大崎の口座へ振り込んだのだから、大崎も自己の個人帳を見ればよく分かるはずだし、それを知っていたはずであると言っているがどうかという質問に対し、小切手ではなく振込入金であったし、個人売上帳を見なかったので分からなかったこと、原告が組合の金を使い込んだということで県の漁政課の監査を受けたこと、その際、原告も自分勝手に組合の金を使い込んで大崎の方へ回したことを認めていたこと、原告が組合の金をこれほど使い込んだ理由は、銀行から借入れをしてモーテルや貸別荘等を建てたため、その返済のために金が必要であったこと、また、相当額を返済していることは銀行から融資を受ける実績を作るため、組合の預金を自己の口座へ移し、また、組合の口座へ入れる等して二回も三回も回していたためではないかと思われるということ、本件組合の借入れ状況、組合の収支状況は毎年赤字であったこと、信漁連から借りた転貸資金の一部を組合の運転資金として使ったこと等を述べている。

ウ 昭和四六年二月五日付の原告の田村検察官に対する供述調書(丙第二六号証)

原告の身上、経歴、本件組合へ就職した経緯、員外理事となった経緯、組合の収入支出関係(組合を通じて出荷する責任限度額は年間六〇〇万円と決められ、一人当たり五万円の手数料を支払うことになっていたこと、その他収入として冷蔵庫の使用料、組合費等があったこと、支出としては、事務員の給料、光熱費等月三五万円位かかったこと、冷蔵庫建設の借入金の返済が毎年一一五万円位あったこと、その他、信漁連、三菱銀行、常陽銀行等からの借入金の返済があったこと、毎年収支は赤字となり累積していたこと)、組合と市内の銀行の取引は、三菱銀行、常陽銀行、信漁連の三つで、それぞれ当座預金口座、普通預金口座を持っていること、原告の財産関係(昭和三三年分家した際、アパート四棟をもらい、このアパートからは月二〇万円位の収入があったこと、昭和四二年六月に飯岡町に一一〇〇万円位かけてモーテルを建てたこと、土地については、常盤相互銀行から八〇〇万円借り入れし、建物については、銚子信用金庫波崎支店から五〇〇万円借り入れたこと、昭和四四年二月に海鹿島町に一三〇〇万円かけて二階建てコンクリートの住宅を建てたこと、このとき常盤相互銀行から一〇〇〇万円借り入れたこと、同年六月末現在でその他の借入れを含めて二八九五万円位の借入れ残があったこと、利息等の支払は月五〇万円位あったこと、また、借入れに際しては物件をいずれも担保に提供したこと)、原告の市内銀行等との取引は、常盤相互銀行銚子支店、常陽銀行銚子支店、銚子信用金庫波崎支店であり、普通預金口座及び当座預金口座を持っていたことを述べている。

答申書(丙第三二号証)添付別表NO3にしたがって、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二四日ころまで九五回位にわたり、組合の三菱銀行の当座預金口座及び普通預金口座から原告の常陽銀行、常磐相互銀行の普通預金口座及び当座預金口座に振り替えたり、現金にしたりして使った分について説明している。不明出金については原告の銀行にも入っていないから原告が使ったものと思われる、右別表NO3に記載された日に三菱銀行から小切手が出金となっていることは元帳上間違いないと述べている。

同4にしたがって、組合の常陽銀行の口座から原告の口座へ八四回位にわたり小切手で払い戻したり、振り替えたりしたこと、組合の常陽銀行から原告の常陽銀行への振替は電話をすればすぐでき、払戻用紙はこちらの判を押したものを銀行へ預けておいたことを述べている。

同5にしたがって、組合の信漁連の口座から引き出したこと、そのうち小切手に二〇万円と記載して払い戻しを受け、うち五万円を組合員に払ったことが組合員の売上元帳によって判明したことを説明している。

このように、組合の保管にかかる金を各銀行から原告の口座へ入れたり、振り替えたりしたが、その金額は合計一億一一六一万七〇〇〇円になり、そのうち原告が組合に返済した金額は合計九九一四万一〇〇〇円となり、差引一二四七万六〇〇〇円位が残っていること、その詳細は、同6ないし同8のとおりであること、組合の会計や幹部の監督は悪かったこと、組合では備付の帳簿等がしっかりしておらず、ほとんど預金元帳によってやっていたこと、帳簿等を隠してはいないこと、メモ等はあったが騒ぎになってからなくなってしまったこと、なぜこのように使い込んだかというと、モーテルや住宅等を建て、そのために銀行から多額の借入金をおこし、その支払利息等のために一時組合の金を使用したものもあるし、九九〇〇万円も返しているということは全部が全部自分のために使ったわけでもなく、原告が銀行から融資を受けるためにその信用を得たいがために、原告の銀行口座の出し入れがたくさんあればそれだけ原告が手広く事業をやっているように思われ、そのために組合の金を原告の口座に入れ、すぐまた組合の方へ返したということがたくさんあったこと、別表に赤丸をつけたのは見せ金のために原告の口座に勝手に入れ、すぐまた組合の口座へ入れた分だと思われること、その合計は四八〇〇万円位になると思われること、組合に金がないため組合に貸したこともあるが、今となってみれば組合が誰に支払うため貸したか、個々の支払先等を一々明らかにすることができないこと、要するに、組合の金と原告の金を混同し、どんぶり勘定的な仕事をしたのが悪かったと思う、不明出金は、組合員個人の通帳や支払先を全部突き合わせたがどうしても分からないもので、この分は先ほど述べた理由や自分の事業等の支払のために充てたものと思われること、原告が組合の出納事務を一人でやっていたのであるから、原告が最終的に責任を負わなければならないものと思うこと、警察の方ですっかり調べが終わってから話し合いのうえ、処分してくれればよかったと思っていること、同2―1の不明出金六八〇万円と伊藤寿太郎等の組合よりと書いた原告よりの未済分二三〇万円の合計九一二万円位が原告の未弁償の額であると思うこと、その後常陽銀行に原告が持っていた定期預金一五〇万円を組合が取得してしまったので、それを引いた七六二万円位を返せばよいと思うこと、会計係として原告がしっかりしていなかったためにこのような事件を起こしてしまい、組合員のみなさんに迷惑をかけた点について責任を感じていること等を述べている。末尾には、同3ないし同5の写しが添付されている。

なお、原告は、田村検察官に対し、大旨、貸借がはっきりしているもので、金額も一致、原告から組合へ先に出金し、その後組合から原告へ来ているものについて、同3ないし同5に○印を付けて説明した(甲第五号証の一、二、乙第一一号証参照)。

エ 昭和四六年四月二日付の原告の田村検察官に対する供述調書(丙第二七号証)

県の監査の結果では、原告が五七〇〇万円余を横領し、そのうち二六五七万円を返済し、差し引き三〇九七万九〇〇〇円余が未弁償であるとされたが、原告は一々監査官と突き合わせをしたわけでもなく、異常な雰囲気のもとで言われたので、その金額を了承せざるを得なかったので確認書に署名したこと、しかし、その後警察で調べを受け、とことんまで金の行方を追求して調べたのが答申書(丙第三二号証)添付の各別表であるので、その金額の方が正確であると信じていること、原告が組合に返済しなければならない金額は、同1―1の一二四七万六〇〇〇円であるが、このうち大崎にいった分を除いた同2―1の不明金六八一万一〇〇〇円と二三一万五〇〇〇円の合計九一二万六〇〇〇円から常陽銀行の定期預金一五〇万円を引くと、七七六万円となること、したがって、原告の不動産の売却代金を控除すると、原告の方が組合から七七〇万円位返してもらわなければならないと思っていること、組合は原告の不動産を無断で売ったり、不当に安く売ったりしたので、別件で所有権移転登記の抹消登記手続等請求事件を起こしたこと、組合長や県の監査に来た者は、組合には会計事務を執行するために当然現金出納簿や入金、出金伝票があったと言っているが、組合の預金から小切手を切ったり、他の銀行へ振り替えたり、払戻しを受けたりする場合は、振替伝票を使っていたが、県の監査があったとき、これらの伝票やその日その日の明細を書いたノートが一切なくなっていたこと、誰がどこへやったか分からない、原告としては、これらがあれば早くしかも正確に原告のしたことについて納得のいく説明ができたと思い残念であること等述べている。末尾には、同1―1及び同2―1の写しが添付されている。

(3) 公訴提起

田村検察官は、昭和四七年三月二二日、千葉県地方裁判所八日市場支部に対し、原告について、「被告人は、昭和三七年三月から同四四年八月頃まで銚子市川口町二丁目六二八九番地の三所在の銚子丸海水産加工業協同組合に勤務し、経理担当理事兼会計主任として組合の財務及び会計に関する帳簿の保管及び金銭の出納保管の業務に従事していたものであるが、第一 昭和四二年三月三一日頃より同四四年七月二四日頃までの間右組合事務所において前後九三回に亘り業務上保管中の同組合三菱銀行銚子支店の当座普通預金口座より合計六四、一〇〇、〇〇〇円の払出しを受けてその都度ほしいままに自己の用途にあてるため着服して横領し、第二 昭和四二年五月一日頃より同四四年六月一一日頃までの間右組合事務所において前後七六回に亘り業務上保管中の同組合の常陽銀行銚子支店の当座普通預金口座より合計三〇、六〇一、〇〇〇円の払出しを受けてその都度ほしいままに自己の用途にあてるため着服して横領し、第三 昭和四二年三月一八日頃より同四四年六月三〇日頃までの間右組合事務所において前後一三回に亘り業務上保管中の同組合の信漁連銚子支所の当座、普通預金口座より合計四、一五六、〇〇〇円の払出しを受けてその都度ほしいままに自己の用途にあてるため着服して横領したものである。」との公訴事実に基づいて公訴を提起した(右公訴事実につき甲第二号証。その余の事実は当事者間に争いがない。)。これは、答申書(丙第三二号証)添付別表NO3(丸海より伊藤へ(三菱銀行))のうちの昭和四四年三月二六日の七五万円、同年四月二六日の八〇万円、同4(丸海より伊藤へ(常陽銀行))のうちの昭和四二年一一月一五日の二〇〇万円、同月一四日の七〇万円、同月一八日の四〇万円、昭和四三年九月一四日の一一〇万円、同5(丸海より伊藤へ(信漁連))のうちの昭和四二年五月二五日の四九万円、同年一一月一日の二〇〇万円、昭和四四年一月七日の一五万円、同月八日の一四万円、同年六月一一日の一五万円を除いたほかは、同3ないし同5とほぼ同様の日時、金額について、横領罪が成立するとして公訴提起されたものである。本件刑事事件は、千葉地方裁判所八日市場支部昭和四七年(わ)第三〇号事件として係属した(当事者間に争いがない。)。

他方、田村検察官は、大崎及び木樽については、原告との間の個人的な貸借であり、すでに返済もなされていると判断し、不起訴処分とした(証人田村實の証言)。

(三)  以上の事実を前提に、本件公訴提起に違法があったかどうかを検討する。

(1) 大崎、木樽の各供述調書、念書、委任状、確認書、原告の各供述調書、各答申書及びその他の証拠の評価

右各証拠の評価については、前記四3(一)において検討した結果とほぼ同様である。すなわち、昭和四六年二月五日付の原告の田村検察官に対する供述調書(丙第二六号証)においても、原告は、組合からの不明出金については原告の銀行にも入っていないから原告が使ったものと思われる、組合に金がないため組合に貸したこともあるが、今となってみれば組合が誰に支払うために貸したか、個々の支払先等を一々明らかにすることができない、要するに、組合の金と原告の金を混同し、どんぶり勘定的な仕事をしたのが悪かったと思う、不明出金は、組合員個人の通帳や支払先を全部突き合わせたがどうしても分からないもので、これは銀行からの信用を得て融資を受けやすくするため出し入れをたくさん行った分や自分の事業等の支払のために充てた分だと思う、原告が組合の出納事務を一人でやっていたのであるから、原告が最終的に責任を負わなければならないと思う、会計係として原告がしっかりしていなかったためにこのような事件を起こしてしまし、組合員に迷惑をかけた点に責任を感じている等述べ、また、同年四月二日付の原告の田村検察官に対する供述調書(丙第二七号証)においても、県の監査においては、一々突き合わせをしておらず、異常な雰囲気のもとで確認書に署名せざるを得なかった等述べている。ただし、田村検察官による捜査の結果のうち、以下の点については注意すべきである。

① 動機についての新たな主張

昭和四六年二月五日付の原告の田村検察官に対する供述調書(丙第二六号証)によると、原告が田村検察官に対し、なぜこのように使い込んだかという点に関して、「私が銀行から融資を受けるためにその信用を得たいがために、私の銀行口座の出し入れがたくさんあればそれだけ私が手広く事業をやっているように思われ、そのために組合の金を私の口座に入れ、すぐまた組合の方へ返したということがたくさんあった。」と述べたことが認められる。また、右調書より前に作成された昭和四五年一二月一〇日付の大崎の田村検察官に対する供述調書(丙第三号証)にも、大崎が田村検察官に対し、「相当額を返済していることは銀行から融資を受ける実績を作るため、組合の預金を自分の口座へ移し、組合の口座へ入れる等して二回も三回も回していたためではないかと思われる。」と供述したことが認められる。

しかしながら、動機に関するこのような供述は、警察段階において作成された調書にはみられず、田村検察官によって作成された調書において初めて現われたものであること、通常であれば当該犯罪を犯すに至った動機については捜査当初から追求の対象とされると考えられるところ、右の動機に関する供述は、警察による取調べ開始後一年以上も経てから現われたものであることからすると、やや不自然な感を与えることは否めないところである。また、銀行口座の出し入れが数多くあればそれだけ銀行の信用を得ることができ、融資を受けやすくなるという前提自体にも多少疑問が残るところである。

② 見せ金であるとの新たな弁解の出現

昭和四六年二月五日付及び同年四月二日付の原告の田村検察官に対する各供述調書(丙第二六、第二七号証)によると、原告が田村検察官に対し、後にいわゆる「いってこい」として問題となったケース、すなわち、貸借がはっきりしているもので、金額も一致しており、原告から組合へ先に出金し、その後組合から原告へ来ているものについて、答申書(丙第三二号証)添付の各別表に○印を付け、それらについて、見せ金のために自分の口座へ勝手に入れ、すぐまた組合の口座に入れた分であると思われると説明したことが認められる。ところで、横領罪については、主観的要件として、いわゆる不法領得の意思が必要と解されるところ、この原告の見せ金である旨の弁解は、その実態の真偽はともかくとして、不法領得の意思の有無という観点からは問題のある供述であるといわなければならない。

③ メモ等について

被告国は、原告は捜査段階から一貫して明確な記録を残さなかったことを自認しており、原告が組合に貸し付け、立て替えたことの明確な記録を残していないという客観的な事実からすると、原告が組合に貸し付け、立替払いをしたという事実そのものが存在しないか、あるいは、原告が何らかの目的をもって、故意に明確な記録や証拠を残さなかったかのいずれかであると判断することは十分に合理的であるとし、原告が故意に記録等を残さなかった理由としては、これを残すことにより自己がした横領行為等不正事実の発覚することをおそれたからである等主張する。

しかしながら、昭和四六年二月五日付及び同年四月二日付の原告の田村検察官に対する各供述調書(丙第二六、第二七号証)によると、原告が田村検察官に対し、組合の帳簿等を隠してはいない、メモ等はあったが騒ぎになってからなくなってしまった、組合の入出金に関する伝票やその日その日の明細を書いたノート一切が県の監査のときにはなくなっていた、誰がどこへやったか分からないが、これらがあれば早くしかも正確に私のやったことについて納得のいく説明ができたと思い残念である等述べたことが認められる。これらの事実からするならば、当時原告が明確な記録を残していた可能性を否定することはできないというべきであり、したがって、被告国の右主張は、その前提を欠くものというほかない。

(2) 捜査の懈怠の有無

前に検討したとおり、本件の警察の捜査には、①組合と原告間の入出金関係についての捜査、②原告の使途先についての捜査、③貸借の主張に対する捜査において、捜査機関として合理的に期待される限度における捜査、すなわち、検察官が公訴を提起するかしないか判定することができる程度における捜査を怠った違法があったといわなければならない。ところで、検察官は、捜査機関の捜査が不十分である場合は、自ら、あるいは、警察官に指示をして捜査を行うことができるという権限を有している(刑事訴訟法一九一条、一九三条参照)。そこで、次に、田村検察官にこの意味における捜査の懈怠があったかどうかについて検討することとする。

① 組合と原告間の入出金関係についての捜査及び原告の使途先についての捜査

当事者間に争いのない事実及び前に認定した事実並びに証人田村實の証言に弁論の全趣旨を総合すると、田村検察官は、昭和四五年七月ころ本件刑事事件の送致を受け、昭和四七年三月二二日本件公訴を提起したこと、すなわち、事件の送致を受けてから公訴を提起するまでに約一年八か月の期間があったこと、田村検察官は、原告から聴取して作成した供述調書(丙第二六、第二七号証)に警察の捜査時に作成された答申書(丙第三二号証)添付の各別表をそのまま添付したこと、原告の主張する使途先について個々的な裏付捜査はしなかったこと、警察に対しては当時組合に勤務していた事務員についての供述調書の作成のほか特段補充捜査を命じなかったこと、答申書(丙第三二号証)添付別表NO3ないし同5記載の各事実を基礎に公訴を提起したことが認められる。

ところで、警察で捜査において、組合と原告間の入出金関係についての捜査及び原告の使途先についての捜査の各点において懈怠があったことは前に検討したとおりであるところ、右認定の事実を総合すると、結局、田村検察官は、それらの点について、懈怠を補うための特段の捜査を行ったとは認められず、検察官として事案の性質上当然なすべき捜査を怠った過失があるといわざるを得ない。

② 貸借の主張に対する捜査

被告国は、捜査段階において、田村検察官に対し、貸借である旨の弁解を述べていたとは認められないと主張する。しかし、前に検討したように、原告が昭和四六年二月五日付の田村検察官に対する供述調書(丙第二六号証)において、組合に金がないため組合に貸したこともあるが、今となってみれば組合が誰に支払うために貸したか、個々の支払先等を一々明らかにすることができない等貸借である旨の弁解をしていたことは明らかであるから、被告国の右主張を採用することはできない。

また、被告国は、師岡を取り調べなかった点について、通常、取引銀行の担当者が組合内部の事情を詳しく知っているとは考えられないこと、また、既に送致前における捜査の段階において銀行と組合との取引にかかる預金元帳等が収集され、それを基に資金の流れが解明されていたことからすれば、同人を取り調べる必要はなかった、また、原告から田村検察官に対して師岡を取り調べてほしい旨の上申もなかったことを挙げ、師岡を調べなかったことをもって捜査に懈怠があったとは到底いえないと主張する。

しかしながら、本件においては、師岡が組合内部の事情を詳しく知っていたかどうかではなく、原告と組合の間に原告が主張するような貸借関係が存在したかどうか、その点について何らかの事実を知っていたかどうかが重要な問題となるところ、前に検討したように、原告は、警察段階での取調べにおいて、すでに師岡の名前を出したうえで、当時午後三時前ころになると同人から組合の口座に資金が不足しているとの電話連絡があり、そのような場合、原告の口座から出金して組合に貸し付けて急場を凌いでいたことがあったこと、師岡自身からも組合資金を借りたことがあったことを述べており、また、組合名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第六号証)及び原告名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第七号証)には、右供述を裏付ける旨の「伊藤氏戻し」、「伊藤氏(返)」、「師岡氏(返)」、「師岡氏より」、「海より」、「海へ」等の記載があり、その記載をしたのは師岡であることを述べていたことからすると、警察から事件の送致を受けた検察官としては、当然、右事情についても報告を受けていたはずである考えられる。とするならば、田村検察官は、師岡について、原告と組合との間に貸借関係が存在したかどうかについて事情を知る第三者であると理解し得たはずである。また、被告国は、原告から田村検察官に対して師岡を調べてほしい旨の上申がなかったことを同人を調べる必要がなかったことの根拠として主張し、証人田村實の証言の中にも右主張に副う部分がある。他方、原告本人は、田村検察官に対しても師岡を調べてほしい旨述べたと供述している。仮に、原告から右のような上申がなかったとしても、後に検討するように、法律的知識を有する一般的な検察官であれば、貸借の主張の真偽によっては犯罪の成否に影響が出ることを理解し得たはずであるし、右のように、師岡が貸借関係の有無について事情を知る第三者的立場にある人物であることを理解しているならば、原告からの上申の有無にかかわらず、師岡を調べる必要があると考えるのが一般の検察官の判断と思われるのである。また、既に送致前における捜査の段階において銀行と組合との取引にかかる預金元帳等が収集され、それを基に資金の流れが解明されていたとの弁解が成り立たないことは前に検討したとおりである。

以上において検討したところからすると、師岡を調べなかった田村検察官の捜査には、被告国の主張する検察官の個人差を考慮したとしても、検察官として事案の性質上当然なすべき捜査を怠った過失があるといわざるを得ない。

(3) 犯罪の成否についての判断

本件における公訴事実は、①組合の預金口座から一定額の出金があるが、それが原告の預金口座に入金されておらず、使途先等も不明であるもの(以下「不明出金のケース」という。)、②組合の預金口座から一定額の出金があり、近接した日時に右一定額の一部が預金口座に入金となっているケース(以下「金額不一致のケース」という。)及び③組合の預金口座から一定額の出金があり、近接した日時に右一定額と同額が原告の預金口座に入金となっているケース(以下「金額一致のケース」という。)に分類することが可能であるので、以下、それぞれの場合について、田村検察官の公訴提起に有罪判決を得る客観的合理的可能性があったかどうかを検討する。

① 不明出金のケースについて

甲第二、第一四、第一八、第二三号証、丙第三二、第三三、第三四号証の一ないし四、証人香取信好の証言及び証人田村實の証言に弁論の全趣旨を総合すると、田村検察官は、警察からの送致を受けて不明出金のケースについて横領罪の有罪判決を得る客観的合理的可能性があると判断したうえ、公訴を提起したことが認められる。ところで、これら不明出金のケースは、単に本件組合の各預金口座から出金があるという事実が存在するだけであり、その証拠としては、各銀行元帳の記載があるのみである。したがって、それらが原告の横領行為によるものであると合理的に判断し得るためには、右各出金と原告の横領行為とを結びつける何らかの他の証拠が必要となる。本件において、この点に関する証拠として存在したのは、先に検討したような原告の「どこにも入金していないから私が個人の支払に使ったものと思う。」(昭和四五年二月一三日付田野部長に対する原告の供述調書。丙第一二号証)、「出金先が分からなくとも出納事務の取扱者である私が最終的に責任を負うわけです。」(同月一〇日付田野部長に対する原告の供述調書。丙第一一号証)、「不明出金については私の銀行にも入っていないから私が使ったものと思われる。」、「不明出金は、組合員個人の通帳や支払先を全部突き合わせたがどうしても分からないもので、この分は、銀行から融資を受ける際の信用を得るために私の銀行口座の出入りを多くしようとしたこと及び自分の事業等の支払のために当てたものと思われる。」、「私が組合の出納事務を一人でやっていたのであるから、私が最終的に責任を負わなければならないと思う。」(昭和四六年二月五日付の田村検察官に対する原告の供述調書。丙第二六号証)等の抽象的な推測に基づく供述のみである。そして、原告と本件組合間の入出金関係、特に組合からの不明出金及び原告への不明入金について十分な裏付捜査が行われていないことは先に検討したとおりであるから、結局のところ、本件においては、他の客観的な証拠は存在しなかったというほかないことになる。とするならば、被告国が主張するような検察官における個人差を考慮したとしても、これら不明出金のケースについて、原告の抽象的な供述があることを唯一の拠り所として提起された本件公訴は、検察官として事案の性質上当然なすべき捜査を怠り、有罪判決を得る客観的合理的可能性が極めて乏しかったにもかかわらずなされたものといわざるを得ない。

② 金額不一致のケースについて

甲第二、第一四、第一八、第二三号証、丙第三二、第三三、第三四号証の一ないし四、証人香取信好の証言、証人田村實の証言に弁論の全趣旨を総合すると、田村検察官は、警察からの送致を受けて金額不一致のケースについて組合の預金口座から出金のあった金額全額について横領罪の有罪判決を得る客観的合理的可能性があると判断したうえ、公訴を提起したことが認められる。これらの金額不一致のケースにおいて原告の預金口座に入金となっていない部分については、結局、組合からの不明出金ということになり、その部分について有罪判決を得る客観的合理的可能性があると判断し得ないことは右①において検討したとおりである。そして、原告の預金口座に入金となっている部分については、その旨の銀行元帳の記載が存在するが、金銭がそれ自体高度の流動性と可分性を有し、無個性なものであることからすると、右記載のみをもってしては、このようなケースにおける出金と入金の牽連性についてはなお疑問が残るところである。したがって、この場合についても、組合の預金口座からの出金の一部が原告の預金口座へ入金されたという事実を裏付ける他の証拠が必要となるというべきである。しかしながら、原告の各供述調書においてはこれらの点を裏付ける供述が特に見当たらない。他方、原告が香取警察官らに対し貸借である旨の主張をしていたことは前記認定のとおりであり、田村検察官に対しても、「組合に金がないため組合に貸したこともあるが、今となってみれば組合がだれに支払うために貸したか、個々の支払先等も一々明らかにすることができない。」(昭和四六年二月五日付田村検察官に対する原告の供述調書。丙第二六号証)等貸借であることを主張していたことが認められ、銀行元帳(丙第六、第七号証)には、「伊藤氏戻し」、「伊藤氏(返)」、「海へ」、「海より」等の記載が存在し、これらの記載は、前に検討したとおり、原告が組合へ資金を貸し、それに対する返済を受けたものと解するのが自然であると思われること、それらの記載のない場合についても同様な関係が存在したのではないかとの疑いが生じること、これらの点について重要な事実の鍵を握ると思われる師岡を取り調べていないこと、原告と組合間の入出金関係、とくに、原告からの不明出金及び組合への不明入金について十分な捜査が行われなかったこと、原告の使途先についても十分な捜査が行われなかったこと等を総合すると、原告の預金口座に入金となった一部の金額についてなされた本件公訴提起は、被告国の主張する検察官の個人差を考慮したとしても、有罪判決を得る客観的合理的可能性が極めて乏しかったものにもかかわらずなされたものといわざるを得ない。

③ 金額一致のケースについて

甲第二、第一四、第一八、第二三号証、丙第三二、第三三、第三四号証の一ないし四、証人香取信好の証言、証人田村實の証言に弁論の全趣旨を総合すると、田村検察官は、警察からの送致を受けて金額一致のケースについて横領罪の有罪判決を得る客観的合理的可能性があると判断したうえ、公訴を提起したことが認められる。これらの場合は、不明出金のケース及び金額不一致のケースとは若干事情が異なり、本件組合の預金口座から一定額の出金があり、近接した日時に同額が原告の預金口座に入金となっていることから、右出金と入金との間には何らかの牽連性があると推測することは一応可能であると思われる。しかし、この場合であっても、金額不一致のケースにおいて検討したように、原告から貸借の主張があり、銀行元帳にそれを裏付けるようかのような「伊藤氏戻し」、「伊藤氏(返)」、「海へ」、「海より」等の記載があり、それらの記載によると、原告の主張のとおり貸借関係があったのではないかと考え得ること、それらの記載のない場合についても同様な関係が存在したのではないかとの疑いを生じさせること、本件においてはこのような同額の入出金の移動が頻繁にみられるところ、同額の移動であればなおさら貸したものを返してもらった旨の原告の弁解を裏付け得ることも可能となり、それだけ原告と組合の入出金関係の当初に遡らなければ横領か貸借か判明しないにもかかわらず、証人田村實は、公訴事実以前の分については捜査しなかったと証言していること、さらに、本件は、個々の入出金が全体として連鎖性を有しているような観を呈しており、その中の一部を抽出して入出金の金額が一致していることのみをもって横領罪が成立すると判断することはできず、全体を解明しなければ横領か貸借か判明しないと思われること、これらの点について重要な事実の鍵を握ると思われる師岡を取り調べていないこと、前記検討のとおり、原告と組合間の入出金関係、とくに、原告からの不明出金及び組合への不明入金について十分な捜査が行われなかったこと、原告の使途先についても十分な捜査が行われなかったこと等の事情を総合すると、被告国の主張する検察官の個人差を考慮に入れたとしても、この場合について、横領罪が成立するとした田村検察官の公訴提起は、有罪判決を得る客観的合理的可能性が極めて乏しかったにもかかわらずなされたものといわざるを得ない。

特に、本件刑事事件の全体の三分の一以上を占める、いわゆる「いってこい」の場合(証人香取信好は、右「いってこい」の仕組みについて、組合の資金不足のときに組合の小切手を振り出し、右小切手を原告の預金口座に入金し、右入金額と同額を預金口座から出金し、それを組合の預金口座に入金することにより、組合の不足金額について支払をすることを説明している。)についてみると、原告は、田村検察官に対し、貸借がはっきりしているもので、金額も一致、原告から組合へ先に出金し、その後組合から原告へ来ているものについて、答申書(丙第三二号証)添付の各別表に○印を付けて説明し、これについて、「見せ金のために私の口座に入れ、すぐまた組合口座に入れた分だと思う。」と供述していること(昭和四六年二月五日田村検察官に対する原告の供述調書。丙第二六号証)、右「いってこい」のように小切手の振出行為を介在させる犯罪の形態にあっては、小切手振出行為、自己名義の口座への額面の入金行為、小切手決済による入金行為のいずれを横領行為と捉えるか、そして、いずれの時点を横領の既遂時期と捉えるかは、非常に重要な点であって、検察官がその点を注意する視点を持っていたならば、当然に明確に意識されたはずであるところ、本件においては、田村検察官がこれらの仕組みを当時意識していたことを窺わせる客観的な証拠の存在を見出し得ず、証人田村實は、右「いってこい」の仕組みについて捜査当時どのように解していたかについて何ら明確な説明をすることができないのである。さらに、本件においては、小切手振出行為及び原告の口座への額面の入金行為については、原告の口座を借用して組合のためにその決済資金を捻出する一種の便法として、あるいは、原告が自己資金を出金しそれについて後に確実に返済を受けるための担保として、いずれにしても小切手を振り出し、あるいは、小切手の額面金額を入金したものとして、不法領得の意思に基づくものとはいえないのではないかとの重大な疑問が生じ(この不法領得の意思の点については、前記のとおり、原告自身、田村検察官に対し、「見せ金」であることを供述していることからしても、本件においては重要な争点の一つであったということができる。)、また、その後の小切手決済による入金行為は、原告の出金に対してまさしく組合が返済したものということができ、結局のところ犯罪は成立しないのではないかとの重大な疑問が生じるのである。とするならば、この「いってこい」のケースについて横領罪が成立すると判断してなされた本件公訴提起は、有罪判決を得る客観的合理的可能性が極めて乏しかったものにもかかわらずなされたものといわざるを得ない。

なお、被告国は、本件当時常陽銀行銚子支店等では、得意先の便宜を考え、小切手が持参されると交換前にその小切手を担保の形にして直ちに現金化していたこと、したがって、一見原告による組合への出金が先行する形になるのであるが、その実体からして原告が組合に対して貸し付けたり、あるいは、原告が組合のために立替払いしたとは評価できないと主張し、証人香取信好の証言にもそれに副う部分が存在する。しかしながら、右の点は、横領罪の成否を判断するうえでは極めて重要な点であるにもかかわらず、警察における捜査段階における原告の各供述調書にも、事件送致後の田村検察官による供述調書にも全く現われていないこと、差戻後の第一審における証人香取信好の証人尋問調書(丙第三四の一ないし四)にもその点に関する証言は見当たらないこと、先に指摘したように、証人田村實は、「いってこい」の仕組み自体について当時どのように解していたかについて何ら明確な説明をすることができないこと等からすると、捜査当時において、香取警察官、田村検察官らが被告国が主張するような理解をしていたかどうかについては疑問の余地を残すものである。

(4) 以上により、本件公訴提起は、田村検察官の過失に基づく違法なものであるといわざるを得ないところ、右違法行為は、被告国の公権力の行使に当たる公務員である検察官がその職務を行うに当たってなしたものであることは明らかであるから、被告国は、右違法行為によって原告に生じた損害を賠償する義務がある。

2  公訴追行の違法性について

(一)  当事者間に争いのない事実、甲第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第一三、第三三、第三五ないし第三九号証、乙第九、第一一、第一八、第二四、第二五、第三七号証の一、二、第三八号証の一、二、丙第三三、第三五、第三六号証、証人香取信好の証言、証人田村實の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 原告及び弁護人星野恒司は、千葉地裁八日市場支部昭和四七年(わ)第三〇号事件の第一回公判期日において、公訴事実の一部については、本件組合の各銀行口座から原告への出金の事実がなく、その余の公訴事実については、原告への出金の事実はあるが、それらはいずれも原告が本件組合に対して貸し付けた金員の返済を受けたものであって、不法領得の意思によるものではなく、横領罪に該当しないから、結局全部の公訴事実について無罪である旨主張した。千葉地方検察庁八日市場支部は、本件刑事事件の公判を捜査検事である田村検察官とは別の検察官に担当させたが、右のように原告から無罪の主張があったことから、公判についても捜査検事が担当したほうがよいであろうと考え、第二回公判以降、田村検察官に公判を担当させた。本件刑事事件の公判は、一三回にわたって審理された。

(2) 公判における証拠調べ

① 証人大崎昭一の第三回公判調書(乙第九号証)

組合の取引銀行は、常陽銀行、三菱銀行、信漁連の各銚子支店であること、原告が本件組合の金を使い込んだことを知ったのは昭和四四年八月四日であること、同月一七日の総会で、県へ監査の申請をすることを決議したこと、帳簿等は一応みんな揃っており、元帳、銀行元帳、出荷別の口座等があったこと、その他補助簿や伝票等もあったが、自分には分からないこと等を証言している。

② 昭和四八年一〇月一五日の第七回公判調書に添付の証人香取信好の証人尋問調書(丙第三三号証)

組合の帳簿がなかったから銀行へ照会して銀行の元帳を取り寄せるほかなかったこと、組合の金の出入りは全部銀行を通して決済されたと原告が言っていたこと、銀行の帳簿を調べれば分かるので銀行員は調べなかったこと、銀行の帳簿には、被告人に貸しとか借りとか書いてあったが、そういうことは調べなかったこと、組合の不明出金分は横領金額には入れなかったこと、大崎の横領額は七〇〇万円位、木樽の横領額は二〇〇〇万円位ということで被疑者として調べ、三名共謀の疑いももったが、結論は出なかったこと、入金先不明の一覧表を作ったと思うが、それを検察官へ送致したかどうかは忘れたことを証言している。

③ 原告の第九回公判調書(乙第一一号証)

原告が組合へ貸したのが先で、このことは警察で供述したこと、警察から、組合の金が原告個人の方へ入ったのは法律に違反すると言われたこと、原告が貸借関係だと主張したら、借用証か議事録への記載がない以上認められないと言われたこと、答申書(丙第三二号証)添付別表NO1の表の下欄にある一億一二〇一万七〇〇〇円の中には、大崎にいったものと不明出金として自分のところに来たものとが含まれていること、原告の口座からも出金できない場合は、木樽の口座や他の組合員の口座から借りたり、銀行員から借りたこともあること、組合への入金は調べる必要ないと警察でいわれたこと等を供述している。

④ 証人大川文子(本件組合の元事務員)の証人尋問調書(乙第二四号証)

ノートと売上台帳に記帳していたこと、個人別の売上台帳と組合の売上台帳があったこと等を証言している。

⑤ 証人野口ウタ子(本件組合の元事務員)の証人尋問調書(乙第二五号証)

出荷伝票に基づいて台帳に記帳するほかは雑用をしていたこと等を証言している。

(3) 裁判所による送付嘱託

① 亀下裁判官が銚子信用金庫波崎支店に対し行った送付嘱託に対する昭和四九年五月一〇日付(裁判所の受付印は同月一七日)の回答(乙第一八号証)

銚子信用金庫波崎支店の伊藤輝子名義の普通預金元帳(昭和三八年三月二二日から昭和四四年一〇月二三日まで)

② 亀下裁判官が常磐相互銀行本店に対し行った送付嘱託に対する昭和四九年五月一八日付(裁判所の受付印は同月二〇日)の回答(乙第三七号証の一、二)

常磐相互銀行銚子支店の原告名義の手形貸付元帳(昭和四〇年五月二一日から同年九月一三日まで)、証書貸付元帳(昭和四二年四月二七日から昭和四三年六月二九日まで、同日から昭和四四年九月三〇日まで、同年六月二一日から同年八月二二日まで、同年一二月九日から昭和四五年五月一日まで)、ドリーム掛金元帳(昭和三九年七月六日から昭和四二年一〇月二五日まで)

③ 亀下裁判官が常陽銀行銚子支店に対し行った送付嘱託に対する昭和四九年五月一五日付(裁判所の受付印は同月一六日)の回答(乙第三八号証の一、二)

常陽銀行銚子支店の原告名義の手形貸付元帳(昭和三八年一二月二三日から昭和四八年二月一六日まで。ただし、昭和四〇年三月三一日から同年六月二三日までの間が不足。)

(4) 期日外における証人尋問(昭和四八年一一月一五日付証人師岡宏光の尋問調書(丙第三五号証))

丸海の支払が回ってきたときに口座に金がないときは、自分の方から原告に電話し、その旨伝えると、原告は、自分の口座から立て替えてくれと言ったこと、原告の方から丸海に立替えがあるときは、それを戻したこと、決済資金が足りないときは原告に電話をし、原告に資金がない場合は、木樽に連絡し、木樽の口座から出したこともあると記憶していること、直接木樽の了解は得ていなかったこと、あとで原告から判をもらうことで当日は便宜的扱いをしていたこと等を証言している。

(5) 弁護人による証拠の取調請求及び文書取寄ないし提出命令の申立て

① 弁護人星野恒司による昭和四八年一一月一日付の文書取寄の申立書(甲第三五号証)

控訴人原告、被控訴人組合外二名間の東京高裁昭和四七年(ネ)第一五四四号事件所有権移転登記抹消登記等手続請求事件の訴訟記録一切

② 弁護人星野恒司による昭和四八年一一月一五日付の書証の取調申立書(甲第三六号証)

水戸地裁麻生支部昭和四五年(ワ)第二一号事件における証人高橋正治の裁判官の面前調書、同事件における証人松浦、大賀の各裁判官の面前調書、同事件における原告及び輝子の裁判官の面前調書、同事件につき昭和四七年五月二五日に言い渡された判決の正本の取調請求

③ 弁護人星野恒司による昭和四八年一二月二四日付の検察官手持証拠取調の申立書(甲第三八号証)

大崎の昭和四四年一一月五日付の司法警察員に対する供述調書及び昭和四五年一一月一六日付検察官に対する供述調書各一通、木樽の昭和四四年一一月五日付司法警察員に対する供述調書一通

④ 弁護人星野恒司による昭和四九年一月一四日付文書提出命令の申立書(甲第三九号証)

三菱銀行銚子支店の原告名義の口座の貸付元帳、常陽銀行銚子支店の原告名義の口座の貸付元帳、常盤相互銀行銚子支店の原告名義の口座の貸付元帳、銚子信用金庫波崎支店の輝子名義の口座の普通預金元帳及び貸付元帳

(6) 弁護人による弁論要旨

弁護人星野恒司作成の第一弁論要旨ないし第一〇弁論要旨(甲第四号証ないし第一三号証)。そのうちの第二弁論要旨(甲第五号証)には、別紙として「伊藤と組合との間の貸借一覧表」NO1ないし13が添付されている。

(二)  ところで、本件刑事事件においては、田村検察官による公訴提起が違法なものであったといわざるを得ないことは前記1において検討したとおりであるところ、本件全証拠によっても、本件公訴提起後検察官において有罪判決を期待し得るに足りる新たな証拠を得たものとは認め難く、本件においては、右において認定したように、公訴追行中に師岡の期日外尋問が行われ、それによって、「丸海の支払が回ってきたときに口座に金がないときは、私の方から電話で伊藤さんにないというと、伊藤さんは、自分の口座から立て替えてくれと言った。」、「伊藤さんの方から丸海に立替えがあるときは、それを戻した。」、「決済資金が足りないときは電話連絡をして伊藤さんにないと木樽さんに連絡して木樽さんの口座から出したこともあると記憶している。」「あとで伊藤さんから判をもらうことで当日は便宜的扱いをしていた。」等の証言が得られたことにより、原告の貸借である旨の弁解が裏付けられ、有罪判決を得ることが難しくなったというべきである。したがって、本件公訴の維持、追行行為もまた違法なものであったといわざるを得ない。

(三)  以上により、本件公訴の追行は、違法なものであるといわざるを得ないところ、右違法行為は、被告国の公権力の行使に当たる公務員である検察官がその職務を行うに当たってなしたものであることは明らかであるから、被告国は、右違法行為によって原告に生じた損害を賠償する義務がある。

六  請求原因6(被告国の責任・裁判官の行為の違法性)について

1 裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項に言う違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第六九号昭和五七年三月一二日判決民集第三六巻三号三二九頁参照)。本件においては、全証拠を総合してみても、亀下裁判官について、右特別の事情は見あたらない。

2  したがって、本件裁判官の行為は違法なものとはいえず、この点に関する原告の請求は理由がない。

七  請求原因7(損害)について

1  弁護士費用相当額

(一)  刑事事件の弁護士費用

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件公訴提起による刑事裁判(第一審、控訴審、差し戻し後第一審)に際し、弁護士星野恒司を弁護人として選任し、その着手金、公判出張旅費日当、記録謄写料及び成功報酬として合計金六〇〇万円を要したことが認められる。右刑事裁判における事件の難易、公判の経過等諸般の事情を考慮すると、右金額は本件公訴提起行為等と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

(二)  民事事件の弁護士費用

(1) 原告は、本件各不動産の回復のために提起した各民事訴訟における弁護士費用についても賠償を求めているところ、甲第三、第二四、第四〇、第四二号証、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、以下の各民事訴訟を提起し、その弁護士費用として合計金一〇五〇万円を要したことが認められる。

① 水戸地方裁判所麻生支部昭和四五年(ワ)第二一号所有権移転登記手続等請求事件

原告及び輝子が、本件組合、山口繁市及び青野英三を被告として、組合に対しては輝子所有の波崎町の土地及び建物、原告所有の海鹿島町の土地及び建物並びに原告所有の飯岡町の土地及び建物について所有権移転登記の各抹消登記手続を、山口に対しては輝子所有の波崎町の土地及び建物について所有権移転登記の抹消登記手続及び明渡しを、青野に対しては原告所有の海鹿島町の土地及び建物について所有権移転登記の各抹消登記手続及び明渡しをそれぞれ求めた。同裁判所は、昭和四七年五月二五日、原告らの請求を全面的に認容する判決を言い渡した。

② 千葉地方裁判所八日市場支部昭和五二年(ワ)第一八号所有権移転登記手続等請求事件

原告が、本件組合、吉野和夫、株式会社巣鴨ミート及び銚子信用金庫を被告として、組合に対しては金三一六五万七四三〇円の支払、吉野和夫に対しては海鹿島町の土地及び建物について所有権の確認、真正な登記名義回復を原因とする所有権移転登記手続、明渡し並びに昭和四五年五月一日から明渡し済みまで一か月金六万四八二一円の支払を、銚子信用金庫に対しては海鹿島町の土地及び建物について抵当権設定登記の抹消登記手続を、株式会社巣鴨ミートに対しては飯岡町の土地及び建物について所有権の確認、真正な登記名義回復を原因とする所有権移転登記手続、明渡し並びに昭和四六年七月一九日から明渡し済みまで一か月金五万六六三八円の支払をそれぞれ求めた。この事件は、次の③の事件において和解が成立したことにより取り下げられた。

③ 東京高等裁判所昭和四七年(ネ)第一五四四号所有権移転登記手続等請求控訴事件

昭和六一年七月三〇日、同裁判所において、控訴人本件組合、同山口繁市、被控訴人原告、同輝子、利害関係人吉野和夫、同株式会社巣鴨ミート、同大崎、同木樽らが、①利害関係人吉野は、被控訴人原告に対し、海鹿島町の土地及び建物について抵当権等の負担を消除したうえ、昭和六一年九月三〇日限り、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をなし、右土地及び建物を明け渡す、②利害関係人株式会社巣鴨ミートは、被控訴人原告に対し、飯岡町の土地及び建物について抵当権等の負担を消除したうえ、前同日限り、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をなし、右土地及び建物を明け渡す、③被控訴人原告は、利害関係人吉野和夫に対し、金一一〇〇万円の支払義務のあることを認め、これを前同日限り支払う、④控訴人本件組合、利害関係人大崎及び同木樽は、連帯して利害関係人吉野和夫に対し、金一三五〇万円の支払義務のあることを認め、これを前同日限り支払う、⑤控訴人本件組合、利害関係人大崎及び同木樽は、連帯して利害関係人株式会社巣鴨ミートに対し、金一八九〇万円の支払義務のあることを認め、これを前同日限り支払う、⑥控訴人山口繁市は、利害関係人株式会社巣鴨ミートに対し、金一〇万円の支払義務のあることを認め、これを前同日限り支払う、⑦被控訴人輝子は、水戸地方裁判所麻生支部昭和四五年(ワ)第二一号事件につき、控訴人本件組合に対する訴えを取り下げ、控訴人本件組合は、これに同意する、⑧被控訴人原告は、千葉地方裁判所八日市場支部昭和五二年(ワ)第一八号事件につき、控訴人本件組合及び利害関係人吉野和夫、同株式会社巣鴨ミートに対する訴えを取り下げ、控訴人本件組合及び利害関係人吉野和夫、同株式会社巣鴨ミートらはこれに同意する等の和解が成立した。

(2) 右において認定したところからすると、前示のとおり、右各民事事件は、本件検査前にされた本件各不動産に対する譲渡担保権の設定に端を発してその各不動産の処分につきその回復等を求めて提起されたものであって、右各民事事件に要した弁護士費用は、本件公訴提起行為等と相当因果関係にある損害と認めることはできないというべきである。したがって、この点に関する原告の請求は理由がない。

(三)  本件の弁護士費用

本件事件の難易、審理の経過等諸般の事情を考慮すると、本件事件の弁護士費用として一五〇〇万円をもって本件公訴提起等と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

2  逸失利益

原告は、本件各不動産を処分された昭和四四年八月から回復することができた昭和六一年九月までの間本件各不動産を使用して得ることができた利益について賠償を求めているが、右得べかりし利益は、本件公訴提起行為等と相当因果関係にある損害と認めることはできないというべきである。したがって、この点に関する原告の請求は理由がない。

3  原告が本件組合との和解により放棄した組合に対する貸付金三二〇〇万円

原告は、本件各不動産の回復のために提起した民事訴訟における和解手続において放棄した組合に対する貸付金三二〇〇万円に相当する金員について賠償を求めているが、右金員は、本件各不動産の回復のための和解の一環として放棄されているのであるから、1(二)において検討したのと同様に、本件公訴提起行為等と相当因果関係にある損害と認めることはできないというべきである。したがって、この点に関する原告の請求は理由がない。

4  慰謝料

原告は、本件公訴提起後無罪判決が確定するまでの約一三年もの間、被疑者及び被告人としての地位に立たされたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、その間の精神的苦痛が甚大であったことは推測するに難くなく、無罪判決を得たことのみによって解消し尽くされるものではないと認められ、その他前記認定の諸事情を考慮すると、右精神的苦痛に対する慰謝料は金七〇〇万円とするのが相当である。

八  まとめ

以上において検討したように、原告の請求は、七1(一)、(三)及び2で認定した損害金合計金二八〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年四月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからそれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条及び六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢﨑正彦 裁判官坂野征四郎 裁判官細矢郁は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官矢﨑正彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例